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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

 

新年明けましておめでとうございます。
年頭にあたり、今年の社会情勢をみながら産業保健の進む道を予想してみたいと思います。
「産業保健」は職域で働く人を対象とした健康問題の対策をする事と健康管理の知識を普及し、必要で適切な技法を実践し、「労働者の健康に貢献すること」にあります。そして、この分野に関連する対象人口は国民の8割にもなり、公衆衛生活動の最も大きな対象集団であります。労働者の健康管理は近年の就業構造の多様化により急速に変遷しています。明治時代の感染症対策、特に結核対策に始まり、職業現場でおこる特異的な有害ばく露要因による健康影響の調査、臨床診断、治療、そして予防対策を講じてきました。そして、これらに関する研究開発により職業性疾病等を減少させてきました。
最近では、人口の少子高齢化にともない、労働者も中高年齢者が増加し、循環器疾患やがんに罹患する或いは罹患しながら就労を可能にする職場の体制づくりが課題となっています。

そして、労働形態の多様化によって顕著となってきたストレス対策としての「メンタルヘルス予防事業」、更に日本の文化としては、「よく働く事を美徳」としてきましたが、働き過ぎる事が良くない(パラダイムシフト〔従来の常識を全く新しいものに替えること〕)と考えるようになった事と、いわゆる事務的で規定通りに行う作業はコンピューターに任せたり、価値を生みにくい作業はAI(人工知能)に代替しようという新しい「産業革命」が進行しています。

これに合わせ過労死裁判以降は、事業主も、労働者が疲労や心理的負荷が過度に蓄積して心身の健康を害することが無いように注意しなければならない事を認識するようになりました。

この働き過ぎを当たり前とする考え方は政治主導で起こったグローバル資本主義に負けまいとする政策と新自由主義思想の普及によるものでありますが、この働き過ぎ等による健康障害の発生は、本質的な資本主義の欠陥と問題点が表面化してきたためでもあります。
経済分野においては、自由競争の中で上手に稼ぐことが資本主義の正義であると考えるため、自由競争で敗れたら職を失うことになり、その事は自己責任であるとし、かつ格差拡大の政策を正当化するようになりました。
企業もこの自由競争の中におかれ、事業主も負けまいと努力することとなり、その結果、企業経営のための「積極的経費節減」と「非正規労働者」の雇用拡大、そして労働時間を守られない等の「労働強化」を推し進めざるを得なくなっているのです。
こうした事が「ブラック企業」を出現させる一因となっています。
日本社会での資本主義、自由競争は、心豊かに暮らせる社会を作ろうという国民的合意のもとに発展し、格差の少ない中流的資本主義が実践され運営されてきました。

しかし、年末から年始にかけて米国大統領候補のトランプ氏による政策的発言に世界が影響を受け、いわゆる政界・財界にトランプ現象が起こっています。新しい米国中心の世界経済情勢により、日本国内の価値判断基準が変化し、労働環境に影響を与えることが予想されます。

こうした動きの中で、日本的価値判断基準をもとに考えられ、労働者の福祉の向上に貢献する事を目指してきた日本の「産業保健」をどのように構築していくのか、今日では先行き不透明な面もありますが、適切に対応していくことが必要であり、まさに正念場となる年と考えています。