所長のメッセージ
: 令和7年11月によせて
鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一
◇
『T細胞と衛生管理者』
◇10月、二人の日本人がノーベル賞を受賞するという快挙に、日本中が沸きました。ノーベル生理学・
医学賞の坂口志文大阪大学特任教授とノーベル化学賞の京都大学の北川進特別教授です。
◇坂口志文大阪大学特任教授は、病原体を攻撃する免疫細胞の中に、免疫反応の暴走を止めるブレーキ
役の「制御性T細胞」を発見し、受賞に至りました。免疫細胞が、誤って正常な細胞に攻撃することに
よりアレルギーやリウマチなどが生じますが、「制御性T細胞」の働きを強めれば、これらを抑えること
が期待されます。また、がん細胞は「制御性T細胞」を利用して、免疫系からの攻撃を回避しているため、
「制御性T細胞」の機能を弱める薬物は、新たな抗がん剤となる可能性があります。
◇京都大学の北川進特別教授の受賞理由は「多孔性金属錯体」の開発でした。「多孔性金属錯体」は、ジャ
ングルジムのような構造を持った金属と有機物の複合体で、その穴の中に、狙った気体の分子を吸着し貯
蔵することができる機能があります。CO2を優先的に吸着する「多孔性金属錯体」を用いれば、発電所や
工場から排出される排ガスからCO2を分離・回収することが可能となります。地球温暖化の防止にもつな
がることこそが受賞の決め手になったようです。
◇さて、「制御性T細胞」と聞いて、私が講師をつとめる衛生管理者講習会で使用している衛生管理テキス
ト(中央労働災害防止協会編)が頭に浮かびました。このテキストの労働生理の分野では、以下のような
記載があります。「リンパ球は、白血球の約30%を占め、リンパ節、胸腺、脾臓のリンパ組織で増殖し、
T細胞やB細胞などの種類があり、免疫反応に関与する。」「免疫に関する細胞には、主に、T細胞(リンパ
球)、B細胞(リンパ球)、マクロファージがある。T細胞(リンパ球)は、骨髄でつくられ、胸腺に移動し、
増殖・成熟する。・・・T細胞には、ヘルパーT細胞、細胞障害性T細胞などの種類があり、それぞれ違った
機能を持っている。細胞障害性T細胞は、細胞性免疫の中心となる細胞で、細菌やウイルスを攻撃する。
B細胞は、体液性免疫において中心的な役割を担い、ヘルパーT細胞によって活性化されると形質細胞に変
身し、抗体を放出するようになる。・・・」。さすがに「制御性T細胞」の記載はありませんが(いずれ
「制御性T細胞」も追記されるでしょう)、免疫に関する専門的な知識は、衛生管理者(第一種・第二種と
もに)に求められる幅広い知識の一部を構成しています。労働安全衛生の分野では、特に人の健康や職場
環境の管理に関する内容が多岐にわたり、その中には複雑で理解が難しい免疫の仕組みも含まれます。
私自身、T細胞やB細胞の働きについて説明する際、どのようにすれば受講者の興味を引き、理解を深めて
もらえるか不安を感じていました。しかし、今回「制御性T細胞」が注目を集めたことで、免疫の仕組みに
対する関心が高まっていると感じています。そのため、T細胞やB細胞の役割について詳しく説明しても、
衛生管理者を目指す受講者の方々に興味を持って耳を傾けてもらえるのではないかと期待しています。
*T細胞は、骨髄で産生された前駆細胞が胸腺で分化成熟します。T細胞の「T」は、胸腺(Thymus)に由来
しています。
*B細胞は骨髄で生成され、成熟します。B細胞の「B」は、骨髄(bone marrow)に由来しています。

