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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「セイフティ・ファースト」

 

120年以上の歴史を誇り、米国の製造業の象徴であったUSスチールに対して、日本の鉄鋼
最大手企業による買収交渉がすすめられている。ただ、この買収にはアメリカ国内で異論が
出ており、「アメリカ・ファースト(America First)」を掲げる前アメリカ大統領もその
一人であると報道されている。

渦中のUSスチールは、「セイフティ・ファースト(Safety First)」のスローガンを提唱し
た企業としても有名である。このスローガンは、1900年初めアメリカの最大手鉄鋼会社であ
ったUSスチール社の社長エルバート・ヘンリー・ゲーリーが、人道的見地から工場の経営
方針をそれまでの「生産第一、品質第二、安全第三」から「安全第一、品質第二、生産第三」
に改めたことに由来するといわれている。この変更によって、当時不況下で劣悪な環境で多
発していた労働災害は減少し、品質・生産も向上するなど目覚ましい成果がみられたと伝え
られている。その後「セイフティ・ファースト(Safety First)」というスローガンは、アメ
リカ全土に、さらに世界中に広まることとなった。

日本においては、1915年(大正5年)、北米旅行を続けていた逓信省管理局長を務めた内
田嘉吉氏が、アメリカ国内の行く先々で「セイフティ・ファースト(Safety First)」という
文字を目にし、大きな感銘を受け、帰国後、安全第一運動を提唱したと「日本の産業安全運
動の軌跡」(中央労働災害防止協会)で紹介されている。今日の日本においては、「安全第
一」という文字をいたるところで目にし、「安全第一」は誰もが知るスローガンとなっている。

今回の買収交渉がどのようにすすむのかはわからないが、「セイフティ・ファースト(Safety
First)」安全第一に異論のある者はいないだろう。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「災害と水道インフラ」

 

大きな被害をもたらした能登半島地震は、2月1日、発生から1カ月を迎えた。空港や一部の
学校の再開など、復興に向けた足音が聞こえ始めたが、断水など生活インフラは整っていない
と報道されている。今回の震災では、あらためて水道インフラの重要性が突き付けられた。

水は生命の維持に不可欠であり、日常生活、産業活動にも多量の水を必要としている。「水
をろ過して供給すると水系伝染病だけでなく一般の死亡率も減少する」といわれており清潔で
安全な水を供給する近代的水道事業は社会にとって不可欠となっている。水道法では「清浄に
して豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善とに寄与することを
目的とする。」と記載されている。水道の水は、生命維持以外に洗顔、入浴、炊事・調理、
掃除・洗濯などの生活用水としても使用される。東京水道局によると、令和元年、家庭では
1人あたり1日に平均214リットル程の水を使用している。これは2リットルのペットボトルで
107本分に相当する。

このように社会に不可欠な水道事業であるが、水道管等の破裂、破損、抜け出しなどによる
事故が毎年2万件以上発生しており、老朽化対策が必要となっている。日本の地下には地球17周
に相当する約70万㎞の水道管が埋まっているが、そのうち約14%が既に法定耐用年数を超え、
今後20年間では全体の23%の更新が必要と見積もられている。水道管路の耐震化対策も重要
な課題である。19都道府県で約257万戸を超える世帯が断水した東日本大震災以降、水道管の
耐震化は重要課題として挙げられている。しかし、基幹管路の耐震化率の現状は、都会で40%
以上、地方では20%台である。能登半島地震にみるように、水道インフラの地震に対する備え
は十分ではない。一方、人口減少などによる水道事業の収益悪化は水道の老朽化・耐震化対策
の大きな障害となっている。このような背景があるため、国は厚労省が管轄する水道行政を、
国土交通省と環境省に移管した(2024年4月より施行)。

蛇口をひねれば出ることがあたり前になっている水だが、清浄な水はきわめて貴重な資源で
あることはいうまでもない。その資源を守り有効に活用するため、私たちは水道事業に関心を
持ちその課題を共有する必要があるだろう。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「地震に備える」

 

2024年1月1日午後4時10分頃、石川県能登地方を震源とするマグニチュード7.6の地震が発生し、
石川県で最大震度7が観測されたほか、北海道から九州の広範囲で地震による揺れが観測されまし
た。被災された皆様には心よりお見舞い申し上げます。

鳥取県でも、震度3以上を記録しました。椅子に座ってくつろいでいた私は、当初地震と気づか
ず、めまいがしているのかと思いました。直後のテレビニュースで地震と知り、さらに日本海沿岸
に津波警報・注意報が出されたので驚きました。鳥取沿岸では最大1mの高さの津波が到達すると
予測され、実際に境港市で60センチの津波が観測されました。小規模とはいえ津波が襲ってくる
とは想像もしていませんでした。能登地方では、2020年12月ごろから地震活動が活発な状態が続
いていて、2023年5月には震度6強を観測しました。私は、金沢からの帰りの列車でその地震に遭
遇し、列車内の携帯電話から地震速報のアラームが一斉に鳴り響き、車内が一瞬緊迫した雰囲気に
なったことを鮮明に覚えています。震度6と大きな地震だったので、その後は徐々に地震活動はお
さまるのではと素人ながら思っていましたが・・。

専門家によれば、2011年の東北太平洋沖地震を契機にわが国は地震の活動期に入ったと考えられ
ています。地震を避けることはできません。地震に備えねばならないと改めて感じた新年でした。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「外国人労働者」

 

外国人技能実習制度について、政府の有識者会議から、人材の確保と育成を目的とする
新たな制度を創設するとした最終報告書が11月24日に公表された。外国人技能実習制度は
外国人が最長で5年間働きながら技能を学ぶ制度だが、厳しい職場環境に置かれた実習生
の失踪が相次ぎ、人権問題も指摘されていた。国際貢献という目的と実態とのかい離が指
摘されてきた現在の制度を廃止するとした。新たに外国人材の確保と育成を目的に掲げた
制度を設けるとしている。

このニュースを聞いて、40年ほど前の人口学の権威であった重松俊夫教授よる「人口学」
の特別講義を思い出した。重松先生は鳥取大学医学部の助教授を経て福岡大学医学部の公衆
衛生学の教授に就任され、鳥取大学医学部の非常勤講師も務められていた。当時、私は鳥取
大学医学部公衆衛生学教室の助手として特別講義の補助をしていた。「人口学」の講義は格
調高く、その最新の知見は学生を魅了するのでした。わが国で少子高齢化が進めば、まず問
題となるのは労働力の不足であり、将来その対策の議論(定年延長、外国人労働者、移民政
策など)が必要になるだろうと述べられていた。その予想どおり我が国の労働力不足の問題
は水面下で進行していたが、女性の雇用促進、定年延長、日系人の活用に加えて、既存の制
度を利用した外国人技能実習制度で何とか対応してきた。さすがに、既存の制度では対応し
きれなくなったのだろう。今回のニュースは、新たな動きを予感させるものであった。
すでに、国立社会保障・人口問題研究所は、将来人口推計に基づく2070年の外国人労働者
依存度について労働者に占める外国人比率は2070年に 12.3%(現在1.2%程度)まで拡大し、
外国人が日本社会を下支えしていく構図が明確であると述べている。外国人労働者に対応す
る産業保健の構築が急務なのは間違いないようだ。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「今年のノーベル賞」

 

今年(2023年)のノーベル賞では、3人の女性の活躍が目立った。医学生理学賞はハンガリー人
のカタリン・カリコ氏で、新型コロナウイルスのmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンの開発
で大きな貢献をしたことが授賞理由である。ハンガリーのセゲド大学での「mRNA が免疫系によ
る癌組織の認識と破壊にやくだつか?」という講義に興味を持ち、その後一貫して RNA研究に取
り組んできたと紹介されている。ハンガリーでは、思わしい研究成果があげられず、研究費が得
られなくなった。そのため、研究費を求めて、アメリカに移る決断をしている。なけなしの全財
産900ポンドを2歳の娘が持っていたテディベアの中に隠して出国したという逸話が残っている。
その後、ペンシルバニア大学に移り、免疫学者ドリュー・ワイスマンと出会い、今回の受賞対象
となる研究成果を上げている。しかし、ペンシルバニア大学でも、研究費が打ち切られている。
母国をすててまで、一つの研究テーマに打ち込む姿勢には驚かされる。

ノーベル経済学賞は、アメリカのクラウディア・ゴールディン氏が受賞した。「労働市場に
おける男女格差の主な要因を明らかにしたこと」が授賞理由である。長年にわたる多数の論文
が業績に該当するため、その業績全体を簡潔には説明できないようである。業績の一つに「グリー
ディー・ジョブ」(強欲な仕事)があげられる。労働時間が長いほど時給が上がり(直線的で
はなく曲線的に増加)、評価される。これが、過重労働対策のむつかしさや男女の賃金格差の
一因ともなっていると指摘する。彼女は、1990年にハーバード大学経済学部に着任し、同学部
で初めて、女性として終身在職権を獲得された。70歳を超えた現在もハーバード大学経済学教
授である。

ノーベル平和賞は、イランの女性人権活動家ナルゲス・モハンマディ氏で、現在収監中である。
最近、刑務所でハンガーストライキを始めたと伝えられている。治療のために病院に行く際、
頭を隠すスカーフを着用することを拒んだため、当局は病院に行かせなかったことに抗議した
ことが理由のようだ。3人の受賞者の気力・胆力に感服するほかない。