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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「夏を乗り切る、経口補水液」

 

気象庁によると今年の7月は、記録を取り始めて最も暑い7月だった。7月初旬、
梅雨の合間の蒸し暑い日に外出した。1時間ほどだったが、びっしょり汗をかいた。
部屋に戻ってからも、汗はしばらく出続けた。水分補給としてペットボトルのお茶
を飲んだ。その日の夕方、こむら返りをおこし、ふくらはぎが痛く寝つきがわるか
った。2日間ほど体が重たく感じた。水分だけ補給して、塩分が不足する状態の軽
度の熱中症だったのだろう。暑熱に慣れていない状態では、体液と同等の高濃度の
塩分を含む汗が排出される。暑熱に慣れる(熱順化)と汗腺で塩分は再吸収され、
塩分低濃度のサラサラな汗をかくようになる。梅雨時のまだ熱順化していない状態
だったので、高濃度の塩分が排出されていたのだろう。この時の水分補給は、経口
補水液にすればよかったと後悔した。

経口補水液は、WHOなどが小児の感染症や熱中症による脱水症状の処置として
推奨しているドリンクで、一般に市販されているスポーツドリンクよりも塩分濃度
が高く、糖分は控えめである。充分な医療設備がない発展途上国で、点滴と同等の
効果が期待できるとして広く用いられている。わが国では某製薬メーカーからWH
Oの基準に近い経口補水液が市販されている。20年ほど前、医学部の社会医学実習
で熱中症対策をテーマとしたグループを担当し、当時発売されはじめたこの経口補
水液を話題として取り上げた。この実習に参加していた学生の中に剣道部員がいた。
彼によると、前年の真夏に開催された西日本医科学生総合体育大会(西医体)中、
スポーツドリンクで塩分・水分補給をしていたが、3試合目ぐらいから多くの部員
が疲労困憊となったとのこと。おかげで、成績は今ひとつだったという。真夏の冷
房設備のない体育館内での剣道の試合、想像以上の多量の汗をかき、塩分の補給が
足りなかったと考えられる。そこで、その年の西医体にのぞむ剣道部員に教育・研
究用に準備していた経口補水液数十本を持たせた。結果は見事優勝であった。ただ、
その勝因が経口補水液の効果によるものなのか出場部員の技量の向上によるものな
のかは定かではない。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「1.20ショック」

 

6月5日厚生労働省は、2023年の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数の推計値)
が前年から0.06ポイント下がり、1.20だったと発表した。 記録のある1947年以降の最低を更新した。
出生数も72万7277人で過去最少を更新した。OECD加盟国間で合計特殊出生率を比較すると、日
本は38か国中35位と低かった。最下位38位は韓国であった。長時間労働の男性の割合が少ない
欧米諸国ほど出生率が高く、長時間労働の割合が多い日本や韓国は出生率が低い傾向がみられる
ので、長時間労働が低合計特殊出生率の一因と考えられている。我が国では、2019年の働き方改
革以降、総労働時間は減少傾向であるが、合計特殊出生率は上昇していない。

国内の都道府県の合計特殊出生率を比較すると、最も低かったのは、東京都で0.99と1を下回
った。次いで北海道が1.06、宮城県が1.07、秋田1.10、京都1.11だった。一方、最も高かったのは
沖縄県で1.60、次いで宮崎県と長崎県が1.49、鹿児島県1.48、熊本県1.47だった。合計特殊出生
率は、東京都をはじめとする大都市圏で低く、九州・沖縄の南日本で高い傾向がみられる。
都市部は、結婚や出産が遅い傾向があり、独身者が多いので出生率は低くなりやすいといわれる。
少子化対策の観点も含めて東京一極集中の是正が論議されて久しいが、一極集中は止まらない。
一方、出生率が高い地域は、昔ながらの子どもがたくさんいる地域の雰囲気・風土があるとい
われている。ただ、地域の雰囲気・風土を少子化対策の政策に生かすのはなかなかむつかしい。

世界人口デーの7月11日には、国連から2024年版の世界人口推計が公表された。今世紀中に世
界人口が減少に転ずると予測された。2022年版の報告書では、2080年代に約104億人でピークを
迎え今世紀末は横ばいと予想だったので、今回出生率がこれまでの想定以上に低下すると見込ま
れたようだ。この傾向は人為的環境負荷の減少という観点から評価されている。世界的視野でみ
ると、人口減少も歓迎されているのだ。少子化対策はむつかしい。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「労災事故3年連続増加、転倒予防対策が急務」

 

厚生労働省によると、仕事中の事故で4日以上休業した人は、13万5371人と前の年よりも
3016人増え、3年連続の増加となった。原因としては、転倒27%、災害性の腰痛16%が多か
った。その要因として高齢労働者の増加があげられる。65歳以上の労働者は過去10年で約
1.5倍に増加し、1千万人近い高齢労働者がわが国の産業を支えている。

そのため、高齢労働者が能力を発揮し、職場で事故なく安心して活躍できるよう「エイ
ジフレンドリーガイドライン」(厚労省 2020年)が定められた。このガイドラインでは、
転倒防止のため、照明確保、手すりの設置、段差の解消などの職場環境の改善に加え、高
齢労働者の健康や体力の状況の把握、体力づくりの取組などが提唱されている。体力の把
握では、2ステップテスト、閉眼片足立ちテストなど5種類の身体機能測定が提案されている。
ただ、これらの身体機能測定は、場所と時間と費用が必要であり、手軽に行えるわけで
はない。場所を必要とせず簡易に行える脚筋力評価・10回イス座り立ちテスト(長寿ネット、
公益法人財団長寿科学振興財団)が実用的ではないかと考えてる。脚筋力は全身の筋力と
の相関があり、脚筋力を測定することで筋力が十分であるか不足しているかの目安となる。
また、脚筋力は転倒のリスクとも関連している。この簡便な体力評価で「低下」と評価さ
れ、かつ週1回以上の定期的な運動をしていない場合にはプレフレイと判定してはどうかと
考えている。

1年前、隗より始めよということで、自分の体力測定を行った。10回椅子立ち上がりテス
トの結果は14秒で、想像した以上に時間がかかった。65歳∼69歳の基準値で「遅い」(脚筋
力「低下」)と評価され、運動習慣もないので自分自身をプレフレイルと判定した。当時、
体重が2㎏程度減少し、体脂肪が減ったと喜んでいたが、実際には足腰の筋肉が落ちていた
のだ。だらだらと座りっぱなしの生活だったことを反省した。早速、プレフレイル対策と
して運動を開始することにした。安価で単純な機能しかない自転車エルゴメーターを購入し、
テレビを見ながら走行距離1日3kmを目標に運動するようにした。現在10回椅子立ち上がり
テストのタイムは11.4秒「普通」と1年前より改善した。たしかに、つまずきそうになるこ
とが減ったような気がする。


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「高温と慢性腎臓病」

 

気象庁は、5月1~9日の間は10年に1度程度の著しい高温となる可能性が高まってい
るとして「早期天候情報」を発表した。昨春の5月もゴールデンウイークを含めて高温
との予報で、夏の猛暑で知られる埼玉県は、4月28日に早くも熱中症予防の注意喚起を
行っていた。暑さへの注意喚起は年々早くなってきているようだ。当センターでも例年
6月に開催していた職場の熱中症対策の研修会を今年は5月開催に変更した。

高温による急性の健康影響として熱中症がある。放置すれば脱水や体温上昇により、
多くの臓器に機能障害が生じ、生命を脅かす。その予防対策が重要課題であることは
言うまでもない。一方、高温環境の慢性的な影響も懸念されはじめた。きっかけは、
1990 年代にエルサルバドルの農業従事者にみられた慢性腎臓病とさらに悪化した腎不
全による死亡である。彼らは、40℃を超える気温の中、厚着をしながらサトウキビを
一日何トンも収穫する労働を行っていた。調べると、中央アメリカの高温多湿な農村
地帯で同様の死亡例が多いことが明らかとなった。その後、北米、南米、中東、アフ
リカ、インドでも同様の事象が観察されている。専門家は、従来の腎臓病の要因(糖
尿病や高血圧など)とは異なる要因が関与しているとして、気候変動による気温の急
激な変化、熱ストレスが一因となって生じた可能性を示唆している。日常的な高温ば
く露と重労働、栄養不足等により、日々微細な腎臓の障害が引き起こされ、これらが
累積されて慢性腎臓病を生じるという仮説である。マウスの動物実験でも、熱ストレ
スと脱水症状に繰り返しさらされると、マウスの腎臓において慢性炎症と尿細管損傷
が生じることが報告されている。

わが国の慢性腎臓病は徐々に傾向し、患者数は1500万人と推計され、新たな国民病
といわれている。高齢化と糖尿病、高血圧などの生活習慣病の増加がその背景にある。
最近、某製薬企業のサプリメントとの関連でも注目されている疾患である。猛暑に襲
われるわが国でも、高温ばく露と慢性腎臓病の関連に着目する必要があるだろう。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

「世界の人口統計からみた新型コロナウイルス感染症パンデミックの影響」

 

1950~2021 年の世界の年齢性別死亡率、平均余命、および新型コロナウイルス感染症
パンデミックの影響に関する論文が英国の医学雑誌ランセット「LANCET」に掲載された。
このレポートは、新型コロナウイルス感染症が世界の人々に与えた影響を1950 年から
2021年までの世界中(204の国と地域)の人口統計に関するデータを基に評価したもので
ある。年齢標準化死亡率は 1950 年から 2019 年にかけて低下したが2020-2021年には増
加した。新型コロナウイルス感染症のパンデミック期間中、2020年と2021年を合わせて、
世界中で1億3,100万人が死亡し、そのうち1,590万人が新型コロナウイルス感染症に関連
した死亡と推定された。これには、新型コロナウイルス感染症による直接的な死亡と、
パンデミックに関連する他の社会的、経済的、または行動の変化による間接的な死亡が
含まれる。

1950 年から 2021 年の間の世界の平均寿命(出生時平均余命)は、 1950年の49.0 歳か
ら2021年 71.7 歳まで伸びた。1950年から2019年まで安定して伸び続けたが、2020-2021
年に1.6 歳減少し、歴史的な傾向が逆転した。ペルーではマイナス6.6歳、米国ではマイ
ナス2.0歳など172の国と地域(84.3%)で平均寿命の短縮がみられた。一方、2020-2021
年の間に平均寿命の延長が観察されたのは日本、台湾、ニュージーランドなどの32の国と
地域(15.7%)のみであった。日本では検疫の強化、マスク着用の徹底、社会・経済活動
の制限などの感染予防に努め、有効なワクチンや特効薬の開発を待つという方策がとられ
たが、その評価・検証がされるであろう。ただ、2021-22年でみると、日本でも新型コロ
ナ感染症の影響のため平均寿命は短くなっている。

本レポートでは、社会的に弱い立場にある5歳未満の子供の死亡率に着目したところ、
1950 年から世界的に低下し続け、新型コロナウイルス感染症パンデミック中も同様に死
亡率は低下したと報告している。新型コロナ感染症による5歳未満の子供の死亡率への影
響はほとんどみられず、成人、特に高齢者への影響が明らかになった。さらに、世界の人
口の地理的分布と年齢構造は根本的な変化を遂げ、低所得国・地域においても、人口増加
の鈍化、平均寿命の延伸がみられ、世界中で人口構造が高齢化していることも本レポート
は指摘している。こうした人口動態の変化は、将来、医療制度、経済、社会に課題をもた
らす可能性があるとし、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの最初の 2 年間、そし
てそれ以降に世界の保健情勢に生じた重大な変化をより深く理解することが将来のパンデ
ミックへの備えに重要であると締めくくっている。