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鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

高齢化社会の進行に伴い、生産年齢人口が減少し、それを補うために働く高齢者が増加しています。熟練高齢者の経験や知識は、とくに技術伝承業務分野においては必要であり、プラスに働く場合が多いと思います。

しかし、人間は加齢に伴い、さまざまな人体臓器の機能に変化をおこし、予備的能力が低下します。そのため外的なストレスに対して脆弱性が亢進し、ストレスに対して十分な回復力を有する健康状態を維持することが困難になります(フレイル状態という)。また、加齢に伴う骨格筋量の低下で、歩行速度や握力等の身体機能が低下します(サルコペニア状態という)。労働災害のうち60歳以上の労働者の占める割合が多くなっていることから、その防止のためのフレイルやサルコペニアの状態に労働者が陥らないようにする必要があります。

産業保健対策においては、現役時代(15歳から64歳)に健康寿命(日常生活において自分の身のまわりのことができる状態)と職業生涯を延ばすための健康づくり対策の実践が重要です。
令和2年3月に厚生労働省は「高年齢労働者の安全と健康確保のためにガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」を公表しました。これは、高年齢労働者が安心して安全に働ける職場の環境づくりや労働災害の予防的観点から、高年齢労働者の健康づくりを推進し、高年齢労働者を使用する又は使用しようとする事業者及び労働者自身が取り組む事項を示し、高年齢労働者の労働災害を防止することを目指しています。

このため、現行の職場健康診断などに追加して健康づくりを推進するための体力テスト(握力、開眼片足立ち、上体起こし、体前屈、10m障害物歩行、下肢筋力測定などの検査)の実施を奨励しています。そのうち、握力検査(筋力検査)と開眼片足立ち時間(平衡機能検査)は簡便で、かつ安全なので取り入れやすいです。
筋力は日常生活において「身体をささえる」、「移動する」、「物を持ちあげる」などの動作に必要な力です。下肢の筋力が低下すると転倒や骨折のリスクが高くなり、腰痛、肩こりなどが発症しやすくなります。また、開眼片足立ち時間は平衡機能を検査するもので、これは作業中にバランスを失い高所からの墜落や転落を予防するために、作業配置を行う際にその検査結果を活用できるので検査の実施をすることをお勧めします(トレーニングで改善します)。

また、もう一つの検査は精神・心理フレイルチェックです。加齢による健忘症は誰にでも発生します。正常よりも少し認知機能が低下(軽度認知障害・MCIという)するので、MCIスクリーニング検査などであたまの健康チェックを行うことをお勧めします。MCIは認知症ではなく可逆性疾病なので、十分トレーニングで改善できるので低下を予防するためにもお勧めします。

高年齢労働者が安心して安全に就労できるように健康状態を把握して、それにあわせて適正配置などを考慮されることが重要です。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

厚生労働省から健康寿命を延ばすことを目指してスローガンに“+けんしん”を掲げたポスターが作成され、医療機関や官公庁などの施設に掲示されています。そのサブタイトルが「定期的な“健診”と“検診”をプラス」となっています。“健診”と“検診”がスローガンなどに使い分けて表示されることはあまり見かけません。費用負担などについても内容や条件によって異なることがあります。今回は少しその“ちがい”について説明します。

「健診」というのは健康診断あるいは健康診査のことで産業保健分野では労働安全衛生法に規定され、労働者の健康を確保するための必要な基本的事項の一つです。一般的に健康診断は住民検診として国民を対象に行われていますが、とくに事業場(職域)で行われる「健診」には2つの種類があります。

まず一つは、全従業員(常勤・非常勤者にかかわらず)を対象として「一般健康診断」として行われるものです。これは労働者の健康状態を把握するため定期健診項目(問診、検尿一般、血液一般、血圧測定、心電図検査、胸部レントゲン検査など)について、一般的には年に1回実施するものです。この結果によって健康状態を確認し、異常所見があれば精密検査の要否、療養の必要性の有無を判断し、産業医の保健指導を行うとともに労働者の適正配置、就業の継続の可否、就業制限の必要性や程度を判定し、就業上の種々の条件を検討する資料にします。

二つ目は有害業務に従事する労働者を対象とした「特殊健康診断」といわれるものです。各種の有害業務について細かな健診項目が決定されており、また対象作業によって実施頻度や細かな診察方法が決められています(労災認定の参考にされます)。騒音、有機溶剤、振動、放射線などの有害要因への曝露の有無や程度の把握(健康への影響)、その結果によって精密検査の必要性や作業内容への改善、適正配置、就業制限などの判断に資することを目的とした健診です。

一方「検診」とは、検査する対象の臓器とがん、梗塞、代謝異常などの病変内容を決定して、その目的に適合した各種検査を主体に行われる検査健診です。たとえば肺結核や肺がんの検査をする胸部レントゲン撮影およびヘリカルCT検査、胃がんを検査する胃バリウム透視撮影、胃内視鏡検査(胃カメラ)、子宮がんの検査をする子宮頸部細胞診(必要な場合は内診)、乳がんを検査する乳房触診とマンモグラフィー検査、大腸がんを検査する大腸ファイバースコープと便潜血検査、肝臓、胆のう、腎臓の異常を検査する腹部超音波検査などがあります。

職域で行われる「健診」は労働安全衛生法の規定上、労働者の健康管理を実施するため、事業主に義務付けられています。よって特殊健康診断はもちろんですが、一般健康診断の費用についても事業主が負担すべきものです。しかし、定期に行われる健診の中でも、法定項目以外の健診項目については必ずしも事業主が負担することになっていません。よって労使間でよく協議して費用負担について定めておくことが必要です。

検診の費用負担については健診のオプションとして追加して検査されるものが多いので基本的には自己負担ですが、事業場で行われた場合には健康保険組合が負担したり、事業主が補助する場合があります。

健康経営の実践のためにもそれぞれの理解と努力によって「健診」と「検診」がスムーズに行われることが大切です。


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鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

事業場における感染症対策は、原則として、就業に起因して労働者(正規、非正規にかかわらず)自身が発病した感染症(とくに病原微生物を取り扱う作業従事者など)、または他の労働者に就業を通じて感染させる可能性のある感染症(結核、インフルエンザ、エイズ、肝炎など)に罹患した場合に産業医等が作業の中止、出勤の制限、休業等の必要があると指導した場合には、事業主は必要な措置を講じなければならないことになっています。

今度の新型コロナウイルス感染症は海外(中国?)で新しいコロナウイルスが発生し、人から人へ感染する病原体となり、日本国内に侵入して感染が拡大したものです。今までの我国の産業保健分野で行っていた事業場内での感染症、また新型コロナウイルス対策とは異なり、事業場外でとられる諸対策と適切にあわせた対応が求められています。一般的には鳥インフルエンザや新型インフルエンザとは異なり病原体がつよく、国民のすべてが感染する恐れがあり、今までの対処方法では不十分であるため、対応に当惑しました。重症化しやすく死亡者が多く出ることがあったため、国策として法的に感染が拡大しないよう予防するために緊急事態宣言が出されました。外出の自粛、国内での移動制限、集会・会議の延期や中止、自主的休業、学校の休校などの対策がとられ、社会的、経済的にも大きな影響を与えました。

とくに事業場はやむをえず休業せざるを得なかったのですが、労働者にとっては、休業中の給料が削減されたり、不払いになるのではないかという不安がおこりました。都道府県知事が行う休業や就業制限要請では「事業主の責に帰すべき事由による休業」に該当しないので、労働基準法の休業要件になりません。また、感染症法にも休業手当の支給については謳われていません。そのため今度の新型コロナウイルスについては、国民への影響が大きいため、特別に国の雇用調整助成金による支援が受けられることになっています。

労働者本人が、業務に起因して病気で休業した場合の休業補償については、労働基準法に明記されており休業手当を支給しなければならないのですが、指定感染症に罹患(検査陽性者は感染したとみなされるかどうか不明な点がある)した場合には種々の判断条件があり、事業主と労働者間で話し合い、労働者の不利益とならないように努めなければならないと考えます。指定感染症で労働者本人が発病した場合や、家族、親しい友人等の発病にて濃厚接触者となり、事業場の同僚や会社全体等に迷惑をかけたくないため自主的に休業した場合は休業手当の支払い対象になりません。(多くの場合は有給休暇で対応することになり、陽性者として入院となると10日間程度の有給休暇を消化することになるので、労働者の不利益となる場合があります)会社によって対応が異なるので会社の就業規則を点検しておくことが必要です。健康経営を謳う事業場では、病気休暇など任意に有給の休暇制度をこのようなときのために策定しておくことも必要と考えます。

また、ウイルス遺伝子検査(PCR法)、免疫抗体検査(特異抗体は分かっていない)などの陽性者を診断した医師は直ちに保健所に届出ることになっています。事業場への通知は本人又は関係機関からの連絡で事業主が知ることになり、対応に遅れ、あわてることも考えられます。指定感染症となった新型コロナウイルス感染症の臨床的特徴なども正しく理解しておきましょう。

緊急事態宣言が解除された後、キャリアーになりやすい若い世代に陽性者が発見されるようになりました。今後かなりの確率で第2波、第3波の流行がおこることが予測されます。労働者が陽性者となったり濃厚接触者となると、行政的対応がとられるため家族、同僚、会社等に影響を与えます。これを未然に防ぐために一人一人が日常的に予防的行動をとるように努めましょう。


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鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

新型コロナウイルス感染症は、パンデミック(世界規模の流行)として、今なお世界の各国で流行が拡大しています。日本においても流行の第2波が来ると予測され、みなさんが心配しています。各企業においても、営業や生産活動において再度自粛が求められたり、流通やサプライチェーンが壊れることにより生産中止に追い込まれるなどの不安とストレスが労働者の心身に影響を与えると予測されます。

本来、労働衛生上の感染症対策は、①業務に起因して罹患し、業務により増悪する感染症、②感染労働者等が業務を行うことによって、他の労働者(第3者を含む)に感染するおそれのある感染症、③労働者が感染することによって業務に支障がでるような感染症、④ ①~③に該当しないが、職場内で偏見や差別が生ずるような感染症(AIDSなど)などを対象に行っています。

新型コロナウイルス感染症は平成11年に施行された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(以下、感染症法と略す)」で、指定感染症(政令で1年間に限定して指定される感染症)に分類されました。そのため、感染者(PCR検査陽性者など)又は感染の疑いのある者は、人権が尊重され、良質かつ適切な医療が提供されるなどの対応がとられることになりました。そして患者の意思に基づきますが、就業制限や入院することが勧告され、原則入院等の医療費は主に医療保険が適用され、残額は公費で負担されることになります。
新型コロナウイルスは発病前から人から人へ感染(潜伏期感染)します。各事業場において、労働者同士の感染予防のため、患者との濃厚接触者にならないように工場閉鎖や休業することで労働者およびその関係者を保護する対応をすることになります。

新型コロナウイルスの感染様式は、発病2~3日前でも感染力が高いことや健康保菌者(キャリアー)が多く、予防対策の方法がとりにくいことです。よって、早めに、関係したと思われる者(濃厚接触者と接触した人で発病していない者)にPCR検査や抗体検査を行うことで、感染の有無を確認したり、陽性者に感染を拡大しないように注意を喚起し、感染を封じ込めることにより感染拡大を防ぐことを目指しています。

今回は緊急事態宣言を出し、事業場にも生産活動などの自粛を要請し、一定程度の流行を低く抑えています。現在は社会経済などの影響が大きいので宣言が解除されましたが、コロナウイルスは今まで流行している季節性インフルエンザなどよりも感染力や病原性が強く、健康陽性者(PCR検査陽性者で、発病していなくても人に感染させる可能性のある者)が多いので、気がつかないうちに周囲に感染させることが予測されます。

感染症予防対策を野球に例えると、打者はがんばって打撃練習を行っても、結果として三振をすることもあり、仕方ないと受け止めることがあります。新型コロナウイルス対策では、たとえ第2波がこなくても良かったと考え、無駄な対策をしたと考えないことが大切です。たとえ三振してもよいから産業保健の立場からも予防対策に時間と経費、および知恵を使いましょう。


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鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

WHOは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が地球的規模で流行することを予測し、全世界にコロナ対策(各国、各地域で交通を遮断するなどの対応)を講じるように呼び掛けています。
医学の研究分野の中には、病気の流行予測や流行状況を明らかにする研究分野(主に疫学研究分野)があります。
病気の流行とは、特定の集団や地域で比較的限定された期間内に通常予測される頻度を超えて同一疾患が多発することを言います。通常は、感染性疾患について「流行している」などと用いますが、最近では悪性新生物(がん)や心臓病などいわゆる生活習慣病がある地域内で多発している場合などにも使われます。

流行状況はその規模によって大流行(一般的に決まりもなく使われる)、汎流行(パンデミック)、地方病的流行(エンデミック)などに分けられて表現されます。ある疾患が流行しているか否かは平常時の発生状況が目安となりますが、新型感染症の流行は前例となる目安がありません。一般的には流行が始まってから認識され、その後に対策を計画するので遅れやすいのです。流行の対策を立案するためには、流行の予測がある程度分かっていることが必要です。急性感染症の場合には、一般的に考えられている流行モデルがあります。それは発症した患者の急激な増加をもって流行が始まり、徐々にあるいは急激に増加し、やがてピークを向えます。それが過ぎると徐々に減少傾向となり、発症している患者が治癒することによって終息を向えます。これらの経過を明らかにするためには種々の流行関連要因、すなわち初期発生患者数、感受性保有者数(免疫のない人)、減染期間(潜伏期間も含む)、感染経路、有効接触者数(発症2~3日前から判明すると良いがなかなか困難なことが多い)などを変数として用い、解析する事で明らかにすることができます。
また流行状況を把握するためには、病原体の変異程度、感染源密度の変化、感染機会の状態、そして感受性者密度の変化などを迅速かつ出来るだけ正確に調査などを行って明らかにすることが必要です。

そして終息を予測するためには、感受性者を減らすためのワクチンの開発、ワクチン接種者数または率、患者隔離状況、治療薬投与状況などの要因が関係します。
その他に、感染症には一般的に流行の周期があるといわれます。とくに呼吸器感染症(とくにインフルエンザなど)は気温や湿度などの自然気象要因の変化が流行に影響し、冬期に多発し夏期には流行しなくなるといわれます。しかしコロナウイルスは構造に特徴があり、ウイルスがエンベロープという膜につつまれているため、気候変動などの環境変化にも影響されず、夏期にも生存し流行を続けるのではないかといわれています。

また、地球的規模の流行(パンデミック)ですので、北半球が夏期になっても南半球は冬期になります。長期(永年)変動、不規則変動を繰り返しながら流行が長期間続き、感染源として地球的規模で常在すると予測されているので終息宣言は出しにくいと思います。
流行を再発させないため、各企業においては、たとえ流行が治まったように見えても、特に海外との交流の多い企業においては、海外派遣労働者の健診を充実しておくこと、患者や死者の多発している国からの外国人労働者の日常の健康管理を積極的に実行しておくことが重要と思います。