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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

人口減少と物価上昇

 

カタールで開催されたサッカーワールドカップの余韻が冷めやらぬ12月中旬、日本銀行(日銀)の長期金利の変動許容幅を従来の0.25%から0.5%に拡大するというニュースに注目が集まった。デフレ脱却(賃金の上昇を伴った安定的な物価上昇)と持続的な経済成長を目指して超低金利政策を続けてきた日銀の方針転換ではないかという憶測が飛び交った。為替は一時急激な円高に振れ、株価は急落した。近年、コロナショックやウクライナ危機などいくつかの要因を背景に、世界の物価は上昇した。超低金利政策がひとつの要因となった過度な円安傾向も加わり、わが国の物価も上昇した。しかし、賃金の上昇を伴わない状況での物価上昇であり、家計への負担が懸念されている。

今回のニュースを聞いて、数年前に書いた医事新報の「少子化と研究」という小品を思い出した。日銀の物価安定の目標である(賃金の上昇を伴う)消費者物価の前年比上昇率2%の目標に対して、「少子高齢化により急激な人口減少が生じているので、物価上昇は難しいのではないかと思う。」と書いた。少子化対策が重要課題であることを強調するために、当時アベノミクスで話題となっていた日銀の目標を取り上げたのだ。ただし、急激な人口減少下で物価上昇は難しいのではないかと思うのは門外漢の直感で、根拠があるわけではなかった。気になったので、最近の議論をインターネット上で調べてみると、人口減少国でも物価は上昇する(賃金上昇にはふれていない)、デフレは人口減少が原因ではないなどの反対意見も出され、以前より活発に議論されているようだ。フランスの歴史学者エマニュエル・ドットに代表される人口統計に着目した方法論が注目されていることもあり、賃金、物価と人口統計に関係する研究を一層進めてほしいと思った次第である。


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

COP27

ごく最近、11月なのに太陽の日差しが夏ように強く感じられることがあった。11月がこんなに暖かかったという記憶があまりない。大丈夫かなと思ってしまう。

産業革命以降増え続ける大気中の二酸化炭素には地表からの熱の放散を妨げて地表を暖める働き「温室効果」があり、地球全体の平均気温を上昇させる。気温上昇による海水面の上昇、気候変動、生態系の急激な変化が懸念されている。1997(平成9)年にわが国で開催された第3回「気候変動枠組条約締約国会議」(COP3)は、温室効果ガス排出量の削減目標について法的拘束力、数値目標を定めた「京都議定書」が採択される画期的な会議となった。それから、25年が過ぎたが、先進国と途上国の対立、アメリカ等の大国の一時的離脱などがあり、その歩みは順調ではないようだ。

先日エジプトで第27回「気候変動枠組条約締約国会議」(COP27)が開催された。地球温暖化がもたらした「損失と被害」を支援する基金の創設で合意したことが今回の会議の大きな成果として取り上げられていた。被害を受けやすい途上国が長年求めていたが、巨額の負担を恐れる先進国が反対してきたようだ。気候危機はすでに顕在化しつつあり、今年、パキスタンでは2カ月に及ぶ猛暑のあと、8月、大洪水が国土の3分の1をのみ込み、3300万人の生活が破壊されたというニュースは衝撃を与えた。確かに温室効果ガスの排出量の少ない途上国が、温室効果ガスによる甚大な被害を受けている。温室効果ガスを大量に排出した先進国がその「損失と被害」を支援すべきという理屈で、途上国の主張が認められたといえよう。一方、先進国が求めた1.5℃以下におさえるという目標は棚上げになったようだ。背景にエネルギー危機があり、議論は進まなかったようだ。

今後のCOPの動向に注目したい。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

エイジフレンドリー

 

エイジフレンドリーは、世界保健機関(WHO)が提唱している「高齢者の特性を考慮した」考え方で、労働者の高齢化がすすむわが国の職場の健康管理では重要な課題となっています。高年齢労働者の雇用者数は過去10年で約1.5倍に増加し、雇用者全体に占める60歳以上の高齢者の割合は17.8%を占め、1千万人近い高年齢労働者がわが国の産業を支えています。体力・持久力、視覚・聴力等の身体機能は加齢による影響を受けますが、経験に基づく技術や判断力は加齢により向上します。その特性により高年齢労働者は、貴重な労働力となっています。一方、休業4日以上の死傷者数に占める60歳以上の高齢者の割合は高く、高年齢労働者の労働災害は重症化しやすいことが分かっています。そのため、高齢者が能力を発揮し、安心して活躍できるようにするための「エイジフレンドリーガイドライン」(厚労省 2020年)が取りまとめられました。求められる事項として、

(1)安全衛生管理体制の確立等
(2)職場環境の改善
(3)高年齢労働者の健康や体力の状況の把握
(4)高年齢労働者の健康状態や体力に応じた対応
(5)安全衛生教育の実施

が挙げられています。職場環境の改善では、転倒防止が重要ポイントで、段差の解消、手すりの設置、床のすべり止め、照度の確保などが推奨されています。「エイジフレンドリーガイドライン」は、貴重な労働力を守る予防活動指針ですので、ぜひ活用してください。


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

新型コロナ感染症はどうなる?

 

今春、新型コロナ感染症患者数は減少し、終息かと思われましたが、オミクロン株の出現により、様相が一変しました。鳥取県でも、7月以降1日1000例を超す日もありました。8月末現在ようやく減少傾向にあるようです。「新型コロナ感染症の終息はいつ頃?」「新型コロナ感染症は今後どのうなるの?」と聞かれると、著名な医学系国際誌の記事を紹介するようにしています。「新型コロナウイルス感染症のパンデミックの 3 度目の冬が北半球に迫りつつあり、専門家は疲れ果てた政府と国民にさらなる波に備えるよう警告しています。このパンデミックの将来を予測できると言う人は、自信過剰か嘘つきです。
専門家はまた、南半球のオーストラリアでの動向を注意深く見守っています。オーストラリアは、新型コロナウイルス感染症とインフルエンザの季節流行が復活し、病院が圧倒されています。」南半球のオーストラリアでは4月以降インフルエンザが流行し、さらにオミクロン株の新型コロナ感染症患者の急増により医療機関が圧迫されているようです(8月は落ちついてきているようです)。今後、我が国の新型コロナウイルス感染症がどうなるか予測はできないのですが、他の感染症の流行と重なることも考えられ、発熱者の増加、医療逼迫への備えは必要のようです。現在、新型コロナウイルス感染陽性者の全数把握の見直し、自宅待機期間の短縮、抗原検査の利用促進・ネット販売等が行われようとしています。

また、日本小児学会からは、5歳∼17歳のワクチン接種が推奨されています。職域においても今一度、職場での感染対策を見直し、備える必要があるでしょう。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

人生100年時代到来?

「人生100年時代」とは、ロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットンとアンドリュー・スコットが『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)100年時代の人生戦略』で提唱した言葉です。世界で長寿化が急激に進み、先進国では2007年生まれの2人に1人が100歳を超えて生きる「人生100年時代」が到来すると予測し、これまでとは異なる新しい人生設計の必要性を説いています。日本の場合はさらに長寿傾向で、2007年生まれの半数が107歳まで生きると予測されています。この予測は、将来の死亡率の変化(低下傾向)も推定して行うコーホート平均寿命で、従来の平均寿命よりも長くなりますが、実態をより反映していると言われています。日本がこのように長寿国のトップとなる理由としては、戦後の社会の安定と経済発展を背景にした乳児死亡率の著明な改善に加え、中高年の慢性疾患対策による死亡率の減少、さらに最近では90歳代など超高齢での死亡率の減少が要因と考えられています。また、日本人の食習慣(米が主食で、魚や野菜の摂取量が多く、低カロリー、低脂肪)や、国民全体が健康への関心が高いことも長寿に貢献していると考えられています。長寿の影響は産業保健分野でもみられ、この分野の対象者が、従来の生産年齢人口である15歳~65歳から、現在では22歳~75歳と高年齢にシフトしています。そのため、産業保健の中心的課題が、従来の労働災害・職業病対策から、生活習慣病対策や治療と仕事の両立支援などへと変化しました。

ただ、「人生100年時代」という予測は、やや楽観的すぎるという見方もあります。ウクライナ情勢のような社会・経済的不安定性、新型コロナのような新興感染症、気候変動による干ばつ、水害、熱波等の不測の事態が阻害要因と考えられています。わが国でも気候変動による熱中症が脅威となっていますが、数年前、私(大学の教員時代)たちは、7月~8月の夏季に最高気温が37℃を超えると、熱中症による救急搬送リスクが真夏日の17倍まで上昇するという試算を行いました。ただ、今年は6月に最高気温が40℃を超えることがあり、地球環境の変化は私たちの想定を超えています。「人生100年時代」到来のためには乗り越えなければならないハードルがいくつもあるのではないかと考えています。