鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
新型コロナウイルス感染症の流行は、第6波の可能性が懸念されています(令和3年11月末現在)。新型コロナウイルスは、SARSのようにコロナウイルス株の変異などウイルス自体の原因によって感染力が変化することが推測され、第6波とともに感染流行が変異によって影響を受ける可能性もあります。しかしウイルスの感染形態が変化しても感染がなくなるわけではなく、今までのウイルス感染症(たとえばインフルエンザなど)と同様に流行を繰り返し発生し、いわゆる「ウイズコロナ時代」に移行していくことが予測されます。事業場としてはウイズコロナ時代に適した人材の確保や生産体制の再構築などの整備が急がれます。
ウイズコロナ状況下での企業継続計画(BCP)の推進のためには、産業保健として行われていた事業所内の感染症対策は今までとは異なる新しい展開を検討しなくてはなりません。今までのように産業保健スタッフが労働者の安全と健康の確保のみに注目していたのでは、経営の合理化などを重視する経営者側と目的観が異なり、トラブルが起こることが予測されます。改正労働安全衛生法では、労働者の長時間労働の抑制、また過労死や職場不適応によるメンタルヘルス不調、自殺などの発生を防止するため、産業医・産業保健職務の権限拡大やその職務内容が明示されました。コロナ禍で経営不振に陥ったことを改善するため、事業所では人員の解雇や経営の縮小を優先する取り組みが行われてきました。コロナ禍で「働き方改革」や労働者の健康保持・増進といった組織の健全性を高める「健康経営」の理念が軽視されがちなことが心配されます。
日本型の企業経営は終身雇用制、年功序列、企業内組合(労使協調主義)を3種の神器として行われてきました。これは良いところもありますが、稟議・集団主義・平等主義・現場主義・隠蔽などが重視され、労働者個人の健全性がややもすると無視され、緊急対応のためには労働強化もやむを得ないという企業体質が優先されることも考えられます。これらにより労働環境が悪化して健康障害やメンタルヘルス不調が発生しやすくなりますので、そのような状況を回避するため、働き方改革の推進に努めなければなりません。産業保健スタッフは、今回の新型コロナウイルス感染症の流行を教訓として、感染症が企業に発生したあるいは発生するおそれがある場合を想定した企業内危機管理の対処方法を具体的に検討しておくことが必要です。まず労働者の安全・健康確保を図りつつ、産業保健分野のスタッフも積極的に企業のBCPに参加する考えと十分な知識を醸成しておくことが重要です。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
今回のコロナウイルス感染症のパンデミック(世界的流行)を終息させるため、ロックダウンや入国制限など種々の対策が世界の各国で実施されました。その対策の一つに予防接種が先進国を中心に国家的事業として行われました。今までのパンデミックで、このような地球的規模での感染症対策は行われたことはありません。日本においても緊急事態宣言を発するとともに、対策の一つに予防接種(外国産のコロナワクチン接種)が実施されました。
産業保健の事業の一つに職場での感染症対策があります。職場の感染症対策の内容に、職場で予防接種を労働者に実施する場合がありますが、法令上の規定はありません。事業場内で特定の感染症がまん延するおそれがある場合、特に業務に関連して感染症にかかるおそれがある場合は予防接種を考える必要があります。この際の予防接種は事業主の責任において実施されるものであり、接種を実施する産業医又は他の医療職は事業主との契約に基づいて接種を行うことになりますが、接種による副作用や禁忌について十分な問診、健康状態の確認をした上で実施するものです。
事業場での予防接種は、個体(労働者)が獲得した免疫によって職場内での集団発生を抑制し、事業の継続性(BCP)を確保することが目標になります。感染症の流行期間など流行状況にもよりますが、集団発生を抑制するためには、ワクチン接種による免疫効果が少なくとも半年以上継続することが必要です。今回のmRNAワクチンは、ウイルス遺伝子のうち免疫原性(抗原)を意味する遺伝子の塩基配列を基にヒトの細胞が利用できる形にしたものです。それをヒトの筋肉細胞に接種することで、免疫細胞が認識(錯覚)して抗体をつくることにより獲得免疫を成立させるようにしたものです。開発段階で免疫効果の追跡期間が3カ月から6カ月間といわれていますので長期の効果は未確定です。そのため、接種後、接種者の抗体価を測定し、抗体価が低下していれば追加してワクチンを接種しなければ感染の抑制にはなりません。集団免疫体制がつくりにくいので感染予防のためには、ワクチン接種だけに頼ることなく、今までのように感染予防としてマスクの着用、ウイルスに負けない体力の維持、3密を避けるなど種々の環境要因を維持することが大切です。事業場内での感染症予防のための予防接種の実施については、安全衛生委員会の適切な検討により対応されるのが適当と思います。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
人生100年時代に向けて高年齢労働者が安心、安全そして健康に働ける職場環境づくりや、労働災害防止を目ざして「60歳以上の高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン(エイジフレンドリーガイドライン)」が公表されています。
具体的対策として、従来の「身体機能低下を補う設備、装置の導入」、「健康や体力の状況を日常的に把握する」、「高齢者の特性に注目した安全衛生教育」に加えて、今最も注目されている「新型コロナウイルス感染症予防」が追加されています。
これらは主として高年齢労働者を事業場に受け入れて、若い労働者と一緒に作業をスムーズに行うための対策を考えています。高年齢労働者が作業を遂行するためには、本人もそうですが、周囲の労働者が高年齢労働者の身体的特性に合わせて対応することや、それ以上に精神的特性を理解し、受け入れ、配慮しながら協同して働くことも重要であるからです。
高年齢労働者の早老の特性(初老期認知症といわれることもある)として、反応が遅くなる、複雑な組合せと判断をしながらの作業は不得意であることや、特に精神機能は軽度認知症が伴うので新しい作業の記憶が難しく、そのために予期せぬミスをくりかえすことなどが考えられます。
高年齢労働者の精神反応の特性としては気が短くなり、ささいなことに強く反応して攻撃的になりやすくなってきます。このことを本人も職場の同僚や上司も気がつかないまま大きなトラブルとなり、仕事に支障をきたすおそれがあります。高年齢労働者を受け入れることは、事業主や若い労働者に新しい視点を取り入れた対応を求めています。
企業の「働き方改革」においても、現役時代の労働環境のみに注目するのではなく、定年退職後の高年齢での再雇用労働者の受け入れも視野に入れた職場環境改善の検討が必要です。高年齢労働者の精神機能の低下に注目した新しい産業保健の研究と対策がポストコロナに一層発展することを期待します。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
◇新型コロナウイルス感染拡大を防止するため、ワクチン接種を事業場で行うことが大企業を中心に実施されています。事業場で従業員にワクチンを接種することは、労働者の健康問題に係ることですので安全衛生委員会等で審議し、事業主の責任で接種することになります。事業主は産業保健の目的を達成するため、ワクチン接種の意義や効果などを適切に理解し、今までの職場での感染症対策(ウイルス肝炎、エイズ、インフルエンザなど)を参考に検討する必要があります。
◇今回使用されているワクチンは遺伝子(m-RNA)を活用した新しいタイプのワクチンであり、臨床試験なども不十分であり、今まで日本で承認されているものと異なりますので、有効性(人体の筋肉細胞内で産生されたウイルススパイク蛋白の安全性、中和抗体の特異性の有無、そして抗体の持続期間など)やワクチン接種後の副反応(発熱、疼痛、人体有害性など)の発生が明らかになっていません。
◇さらにもう一つの職域接種に係る問題は、事業主に依頼されて接種者不足のために産業医がワクチンを接種することです。産業医の任務(健康管理、健康診断、職場巡視など)は多岐にわたっていますが、通常は職場内に診療所を開設し、健康相談等に対応しているだけで直接医療行為はしていませんが、ワクチン接種は医療行為の内容に含まれます。嘱託産業医との産業医契約においても、ワクチン接種は産業医の任務に入っていないのが通常ですので、留意が必要です。
◇また、従業員にワクチン接種を勧め、みんなが接種したのでもう感染はしないと過信して、従業員の行動が3密(密集、密接、密閉)を怠るようになると、集団免疫が確立されているわけではないので、事業所内でのクラスター発生などにより社会全体での感染爆発がおこるかもしれません。
◇改正感染症法の内容は、産業保健対策とは必ずしも連動しているわけではありません。事業場におかれては、緊急事態宣言などで要請されている自粛、および働き方の工夫を行いながら、それぞれの職務を実施することが必要です。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
◆年金受給開始年齢が65歳に延びたことなどもあり、高年齢労働者(60歳以上の労働者)の就労が増加しています。このため、高齢労働者が安心して安全に働ける職場環境を実現することを目指して、エイジフレンドリーガイドライン(高齢者の加齢による身体的・精神的特性を考慮した安全と健康確保のための取り組み指針)が策定されています。
◆高齢労働者の就労の現状は、60歳以上の雇用者数が過去10年間で1.5倍に増加し、特に商業、保健衛生業(介護支援など)、サービス業などの第三次産業と体力(筋力)を必要とする労働および夜勤労働(高齢者は生理的に適応が難しい)などの分野で増加しています。高齢者の身体機能は近年向上しているとはいえ、壮年者に比べれば聴力、視力、平衡機能、筋力などの低下は否めないため、転倒等に起因する労働災害の発生が多くなっています。
◆このため、予防医学的には今までのように生活習慣病にならないことや身体活動能力の低下を予防することだけではなく、いわゆる健康増進といわれるごとく、通常の生活機能の維持も対策に入れなくては手遅れになってきました。
◆今までは身体的機能低下の目安として、①体重減少 ②筋力低下 ③疲労感 ④歩行速度低下 ⑤低活動性(動作が遅くなる)などの5項目をチェックし、3つ以上該当すると機能低下があると基準に定めてきました。このような状態を「フレイル」といい健康な状態と要介護状態の中間的状態であるとして予防医学的に対処してきました。このように身体的フレイルはよく理解されていますが今後は精神心理的フレイルにも注目する必要があります。
◆メンタルヘルス対策では「うつ病」がとりあげられましたが、これからはプレメンタルヘルス対策としての「うつ傾向」に加え、労働者の高齢化にともなう「認知機能」もチェックして、就労に影響を及ぼす前におこる加齢による精神反応について労働者に自覚させることが必要です。今日話題にあがるのが、認知機能が少し低下した状態である「軽度認知障害(MCIエム・シー・アイ)」であり、この理解が職場全体に普及することが必要です。
◆MCIは、認知症の診断基準を満たさず、日常生活活動は通常に保たれながらも自覚を伴う加齢以上の認知機能低下がある状態で、一般住民に6~10%はみられており、高齢になると少なからず存在しているといわれています。これは本人に自覚がなく、周辺の関係者も分かりにくいため、就業中によくトラブルをおこす存在となっています。
◆すべての高齢労働者に可能性がありますので、MCIスクリーニング検査を職場で取り入れ、労働者自身がまず認識し、就業中に不都合が起こらない対策を行うこともエイジフレンドリーガイドラインをスムーズに実践することの「助け」となるでしょう。