投稿日時:

鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

治療と職業生活の両立支援によって私傷病(生活習慣病等)を抱える労働者が、就労することによって受療が困難となり、疾病が憎悪したり、がんの再発が起こることを未然に防ぐために、医療機関の受診を容易にするよう配慮することを事業主に求めるようになりました。

すでに労働安全衛生法では、事業主による労働者の健康確保対策に関する規定が定められています。これによって事業主は健康診断を実施し、その結果をもとに医師の意見を勘案し、必要があると認めたときは就業上の措置(就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮、深夜勤務の回数の減少等)をとることが義務づけられています。
治療と職業生活の両立を支援することは労働者の健康を確保するとともに、継続的な人材の確保、労働者の安心感やモチベーション向上による人材の定着、生産性の向上、健康経営の実現、多様な人材の継続的な活用による事業の活性化、社会的責任の実現、ワークライフバランスの実現といった意義もあります。

「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」によると、対象となる疾病は、「がん」のみならず「脳卒中」「心疾患」「糖尿病」「肝炎」「その他の難病」など反復・継続して治療が必要となる疾病であり、短期的治療で治癒する疾病は対象とされていません。
労働者が健康診断を受け異常を発見され医療機関で受診することにより、また、以前からの対象療法等の治療などにより、就業上の不利益な取り扱いを受けるのではないかという不安をおこすことのないようにすることが重要です。特に企業倫理の課題でもありますが、病気により解雇される等の不安と恐怖をもたせてはなりません。

労働契約法でも労働者への安全(健康)の配慮として、第5条に、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」とうたわれています。このため、労働者が労働契約により従事する作業内容が必ずしも提供できなくなった場合も、使用者は配置転換や適切な作業にあたらせ、離職しなくても就労を継続できるように配慮し、生活が困難となる状況に陥らないよう努力が求められています。

労働安全衛生法第13条第3項においても、産業医は労働者の健康を確保するため必要があると認めた場合には、事業者に病気の回復を促進するための休業や労働の軽減などの必要な勧告が出来ることになっています。

よって事業主は、労働者が業務に起因しない私傷病になっても、そのことを理由として容易に
a.解雇したり
b.契約更新をしなかったり
 c .退職勧告をしたり
d.不当な配置転換や職位(役職)を変更する
などの措置をとらないように、努力しなければなりません。

病気になっても労働者が安心して治療に専念でき、病気の回復と職場復帰による継続的な就労が可能となり、事業の生産性の向上を目指すことが治療と職業生活の両立支援の主旨であることが社会一般によく理解されることを願っています。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

国は平成25年度より9月を「職場の健康診断実施強化月間」と位置づけて定期健康診断の普及に努めており、本年度から始まる「第13次労働災害防止計画(第13次防)」の重点事項のなかに、法定の健康診断実施後に、産業医などの医師からの意見聴取や適切な事後措置を実施することを加えています。
これまで、労働災害防止のためには、危害防止基準の確立、責任体制の明確化および自主的活動の推進が重要で、必要な措置を講ずるように言われてきました。
加えて、産業保健の3管理のひとつである「健康管理」は他の「作業環境管理」・「作業管理」と併せて重要なこととされてきました。
健康管理のうち健康診断については、適切な事後措置を行うことで健全な労働環境の構築につながります。
各種の健康診断のうち、医学的に基本的な項目について実施される定期健康診断については、事業主として労働者が元気で働くことにより最大の労働力の提供と生産性が上がることを目指して、担当者を配置し労働者の健康の向上を図る対策を行い健康経営の目標を達成するために企業負担で行っています。
健全な労働力を発揮してもらうためには、作業によって起こる身体影響だけではなく、当然、労働作業以外の生活においても体調の不調をきたすことはありますので、主な生活習慣病(がん、心臓病、脳卒中、糖尿病)等の医学的項目を健診項目に追加し、早期に異常な所見を発見し、改善することを進めたり、メンタルヘルス向上のためストレスチェックを行い、本人のメンタル不調に気づいてもらう対策(セルフケア)などが行われています。

一般的に健康診断結果は次のような判定区分で報告されており、適切な措置をとる必要があります。判定区分の内容について解説いたします。

A:【正常範囲】(通常、正常とか異常なしと記載されることが多い)
実施した検査項目において当日又は後日分かった数値が、一般的に正常又は異常なしとされている基準値の範囲内にあることを示しています。ただし健診項目は受診時間や経費のこともあり、制限があります。それぞれの受診者に必要な検査項目を充分に網羅するわけではありませんので、身体のすべてに異常がないと判定しているわけではありません。

B:【観察不要】
数値が基準値をわずかに外れているものの、医師の診察も含め健康障害があるとは認められないので、特に措置の必要はなく、今まで通り仕事の継続に差しつかえなしとするものです。

C:【要観察】
基準値を少し外れた項目などについて、保健指導を受け、食生活に気をつけたり、運動をするなど、自己管理による生活改善に努め、関連する内容の異常に気付いたら早めに医師や保健師に相談する必要があります。

D:【要管理】
数値が基準値の範囲を外れ病気の発症が疑われたり、これ以上数値が悪くならないように産業医(医師)や保健師の指導を受け、医学的管理内容を含めて生活改善に努めることによって病気の発症予防に努める必要があります。

E:【要精査、要医療】
数値が基準値から大きく外れたり、画像診断で異常な所見が発見された場合に、もう一度、医療機関において再検査を受けたり、健診項目に追加して必要な検査を受け、異常がない場合はそのままで良いが病気が発見されれば引き続き治療を開始し、あるいは必要に応じて定期的に医師の管理を受けるものです。

これらのA~Eの判定区分の記載は多種ありますので、主な判定の趣旨を正しく理解して事後措置をとって下さい。

事後措置(安衛法66条の4)には以下のようなものがあります。
a)【通常勤務】 労働契約、採用条件に合わせた作業を継続して行う。
b)【就業制限】 勤務による負担を軽減するため、配置転換、労働時間短縮、就業場所の変更(屋外から屋内へ)等を行う。
c)【要  休  業】 療養のため休暇・休職させる。時には業務命令で行わせる場合もある

以上第13次防においては、これらの主旨のことが重点項目に挙げられていますので、少しでも参考になればと思っています。健康診断を受けて、企業全体で健全な経営に努めましょう。

 


投稿日時:

鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

「生活習慣病予防や肥満予防に運動をしましょう」と保健指導のなかで指導内容としてよく言います。
はたして「運動すること」が健康の保持増進や病気の改善などにどのくらい効果があるか、どのくらい科学的(学問的?)に明らかになっているのか少し考えてみましょう。
まず、運動の定義についても統一された概念があるわけではありません。もちろん生きている人間は、全て動くわけですので、単に身体を動かすこととして言っているわけではありません。
私が保健指導時に使う「運動」ということばは、以下のような大雑把な考え方で使っています。すなわち日常生活動作に加えて、更にエネルギーを追加する動作のことで、ウォーキング(散歩)やランニングを基本として、自転車こぎやダンベル体操のようなレジスタンス運動、又は体操やヨガ、球技、武道などのスポーツを30分以上継続して行い一定のエネルギーを消費する動作を表しており、かなりアバウトな概念で使っています。

運動効果の研究については、身体の機能維持、体重減少、筋肉増強、バランス機能維持などの内容についての報告は多数あります。しかし、生活習慣病の予防や改善の効果についての研究報告は、糖尿病や高血圧の改善についての報告がありますが少ないと思います。
肥満は生活習慣病の一因と言われていますので、運動のもたらす肥満防止について述べてみます。
最近では、科学的根拠に基づいた医療(evidence based medicine)ということが言われており、クスリや措置に効果があることを科学的データと、その解析によって証明することが必要となっています。そのため、運動することに肥満防止や体重減少の効果があることを、運動をする人、しない人等の比較研究で明らかにする必要があります。

例えば、肥満者を対象に運動の負荷による減量効果(体重減少や体脂肪減少など)を証明するためには、調査を始める当初に多数の肥満者に参加してもらい、肥満者を運動群(A群)と非運動群 (B群)に分けて観察していきます。一定期間後(少なくとも1年後)に体重等を測定し、A群とB群でどちらに体重減少した人が多いかを比較し、A群に体重減少者の割合が高いことを示すことによって、運動が減量効果をもたらすものであると評価するものです。
これらの研究成果を評価・理解するにあたり、解析モデルを作成して多変量解析という評価手法を使って解析しますが、人間を対象とする限り、厳密に運動以外の生活スタイルをコントロールすることが非常に難しく、また調査期間中に自ら進んで食事をコントロールする者があったり、普段運動しないのに運動(散歩など)をすることもあったりと、結果を左右する多くの要因を含んでいるため、評価が容易には出来ない場合があります。
また、運動の肥満予防効果を調査研究するためには、調査開始時に、肥満者はもとより非肥満者にも多数参加してもらうように計画し、この参加者をA群とB群に分けて長期間(1年以上)追跡し、調査終了時点にA群の方が肥満者(体重増加した者)の割合が少ないことで運動の効果ありとするのですが、長期間に亘り対象集団を追跡することは容易なことではありません。

そこで、普通の研究方法としては、ある会社の社員や自治体の住民を調査対象として、その中である一定の運動の範囲(基準)を決め、運動しているA群と運動していない(調査者の決めた運動の概念に相当しない)B群に分けます。そして、それぞれの群の人に、過去(今まで)に、どのような運動をしてきたかを面接調査し、体重を比較することが実施されます。生活パターンの異なる者を対象にするので、運動の多い人、中程度の人、少ない人などにさらに分けて解析するのは、評価をより一層複雑かつ不正確にすることになり、すっきりと科学的に納得のいく解析は難しいのです。

しかし、短期間(1年以内、数カ月内)の運動負荷によっても減量が見込まれるという報告が多くあることも間違いではありません。たとえ事例報告であっても現実に効果があることを科学的に明らかにしている報告も多くありますので、激しいスポーツや肉体労働をすることではなく、適度な運動をすることが健康の保持増進あるいは生活習慣病予防に効果があることは間違いありません。くどいようですが、運動することを生活習慣に取り入れられること勧めます。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

健康な職業生活を永く送るためにいろいろな対策がとられています。
労働者が健康で働き続けるための健康管理の一つとして健康診断があります。これは主に医学的検査で、標準値(以前は基準値とか正常値と言っていた)を根拠に、この値の前後であれば通常の勤務をしても問題ないと判断します。この値から高い方や低い方に離れた結果が表れた場合に、程度によって保健指導をしたり、要精査、要医療と判定して医療機関の受診を勧めたりします。多くの場合は、標準値からかけ離れた値を示す労働者は少ないので、適切な保健指導を受け、職業生活を含めた生活管理をすることによって疾病状態になることを予防し、健康で就労を続けることが可能です。

今日では事業場で実施する健康診断項目に生活習慣病(がん、脳卒中、心臓病、糖尿病など)関連の項目が義務的あるいは任意に取り入れられているので、作業に起因する異常よりも老化や生活することによってもたらされる身体異常について判定し、指導することが多くなりました。
このことは、業務に起因する身体の異常よりも、加齢やいわゆる悪い生活習慣(喫煙、多量の飲酒、運動不足、ストレスの蓄積など)に起因すると思われる異常値に対する改善を考えた保健指導が重要になっているということです。
このため、現在では、労働時間の改善や作業環境の改善ということよりも、人として生きることによって必然的に起こる不健康状態を未然に予防し、さらに健康増進を目指す対策が必要ということになります。
つまり、職業生活に加え、日常の衣食住に関する生活指導も重要になっているということです。

その健康保持増進対策の一つとして運動することを勧めています。
運動は肥満防止のみならず、ストレス解消などの精神的活動にも効果があるという研究報告が沢山あるからです。スポーツや重労働は大量のエネルギーを消費するので身体活動量は多いのですが、スポーツはしばしば競技的要素があるため、より早く、より強くエネルギーを消費することと、競技スタイルが身体の一部分を偏って鍛えるため、筋肉の断裂や関節変形をおこしがちです。
また重労働は長時間同じ作業姿勢で同一の筋肉を使い続けるため腰や背中に疲労が蓄積し、その結果異常が起こります。
疲労回復には全身を均等に動かすラジオ体操や、ウォーキングやランニングによって適度に身体の筋肉をほぐす運動も良いでしょう。これらのことが無理なく、適切な身体活動量を維持することにより、また食事などのエネルギー摂取とのバランスをとることによって肥満防止と健全な体力を確保することが可能となるのです。

改めて運動の意味を考えていただき、肉体労働などで比較的エネルギーを消費している労働者であっても日常生活の中に運動を取り入れることを勧めます。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

本年度 新入社員の皆様も2カ月が経過し5月病を克服して少しづつ会社や社会の生活に慣れて来られたと思います。多くの新採用の労働者は、いわゆる健全な身体と精神状態で仕事に従事していると思います。
事業者は労働安全衛生法第66条などに基づき、使用している労働者について医師による健康診断を実施することになっています。そして、労働者は事業主が行う健康診断を受けなければなりませんし、必要な場合には医師などによる保健指導を受けることになっています。
健康診断には、一般健康診断と有機溶剤や特定化学物質を取り扱う作業者などが受診する特殊健康診断など各種の義務付けられている健康診断があります。
これらの中に、新規採用労働者が受ける「雇入れ時健康診断(労働安全衛生規則第43条)」があります。6月の時期では、もう健診が実施されているところがあると思います。

この雇入れ時の健康診断の主な意味の一つは、これから従事する作業によっては健康に影響を及ぼすもの、あるいは人によっては従事することが不適切な作業があったり、継続して従事することが困難なものがあるかもしれませんので、従事開始前に健康状態を確認しておく必要があるからです。そして、今後異常が発生した場合には、今の作業に従する前と従事後の現在の状態を比較し、従事している作業の健康影響や必要があれば配置転換や作業改善に活用することを目指しています。
雇入れ時の健康診断項目には以下のものがあります。

1.既往歴及び業務歴 (現在従事している作業と異なる前職の作業内容など)の調査
2.自覚症状及び他覚症状 (心肺雑音、腱反射、腹部触診等)の有無の調査
3.身長、体重、腹囲 (メタボリックシンドロームの有無)、視力、聴力(低音、高音)の調査
4.胸部エツクス線検査 (結核、肺がんなど)
5.血圧の測定 (高血圧、低血圧)
6.貧血検査 (赤血球数及び血色素量)
7.肝機能検査 (GOT.GPT.γGTP)
8.血清脂質検査 (LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
9.血糖検査
10.尿検査 (尿中の糖及び蛋白の有無の検査)
11.心電図検査

なお、今後、毎年行われる定期健康診断においては自覚症状や他覚症状および既往歴などを勘案して医師が総合的に判断し、省略基準にのっとって健診項目を省略できることになっています。

基本的にはこの法に基づく健康診断は、事業に起因する健康問題の参考にしたり、産業保健を実施する上で重要な手段で資料となるものです。
今日では、労働者は生活習慣病にも気を付けなければなりませんので、この検査項目による健診は自分自身の健康生活にも大変大切なものであることを認識し、必ず受診して、その結果について適切に対応されることを進めます。