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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

 

新たな労働政策として働く人の視点に立った「働き方改革」を推進することが注目されています。基本的な背景として、少子高齢化による労働力人口の減少があり、女性や高齢者等の労働力化の制約要因をなくすことにより、中小企業や小規模事業場の人手不足を解消することを目指しています。

このため、一度退職した労働者の再雇用(高齢者雇用)や女性を育児・介護から解放して職業に就くことを可能にする体制を構築しようとするものです。このことは高齢者や女性の生活スタイル、人生設計が変化することを意味しています。また、がんなどの疾患に罹患して治療中であっても、ある程度の体力を維持しながら生存が長くなり、病気の治療をしながら職業生活を継続することが可能となったことから、治療と就労の両立支援対策などが提案されています。
このことは、病気になったら仕事をやめてゆっくり療養をして延命をはかるという医療の考え方を変えることでもあり、これに基づいた産業保健のコンセプトを変える必要があるとともに、新次元での施策を取り入れなくてはならなくなってきていることを示唆しています。
一方、終身雇用体制の減少、非正規雇用の増加、そして少子高齢化・労働人口の減少等により、年金・社会保障制度の不安定化が起きています。一生涯、同一の企業に滅私奉公するという考え方が、若い世代の労働者に浸透しなくなり自ら進んで終身雇用よりも非正規雇用を望んだり、会社という群れや組織に束縛されることを嫌がり立身出世を望まないフリーターやニート現象が拡大しつつあります。
このように日本の文化であった終身雇用制度が崩れていき、就労形態が変わり、短期間労働を繰り返す度に従事する仕事の職種が変わる(事務作業から製造業の現場作業へ転職するなど)事により、従来、産業保健分野で伝統的文化にのっとって作りあげてきた職場の健康対策を見直さないと健康管理が難しくなっています。

例えば、有害作業に数年間続けて従事することをベースにして健康に影響が出るか出ないかを継続的に経過観察してできた健康判断基準が適応しにくくなり、短期間労働であっても変化する所見について注目し判定する必要性があります。
高齢の労働者はもともと加齢により身体の異常を少なからずもっていることや、女性労働者の健康障害の判定も職場の労働のみに着目して判定することでは不十分で、家事労働など総合的に見て判定する必要があります。
健康な労働者の管理から労働者の生き方、生涯を見通した判断が必要であり、産業保健の基準を新たに構築することも必要になってきている現状を思います。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

 

戦後 経済復興を目ざし、経済成長至上主義の考え方をベースに企業も労働者も将来設計を建てるようになり、社会的価値観として立身出世は美徳であると社会で受け入れられました。自分の価値をあげるため多くの人が高学歴を得ることが自分の将来を安定させることと考えるようになり、学歴社会が形成され、親の子育ても学業成績の向上に集中するようになりました。そして、社会で成功を修めることは、どの分野でも上位につくことが望ましいと理解されるようにもなりました。

企業等の雇用体制も終身雇用制を採用し、年功序列により昇進することが普通である体制であったので、同一の社会や会社組織のなかで上位になるためには、一生懸命努力して会社で認められ、その結果が立身出世に繋がるようになっていました。
しかし、時代の流れにつれて、グローバル化が進行し、主に経済の分野において、このままでは日本は世界で活動できなくなると危惧され始めてからは、世界標準に合わせた競争原理を取り入れた社会経済的発展を目ざし、「実力主義」、「成果主義」を会社の体制に取り入れるようになりました。それは労働現場にも導入され、成果を出した者が上位に評価されるようになり、高収入を得るようになりました。

このため終身雇用制や年功序列が見直されるようになり、ITなどの技術革新の急速な普及により、古い世代は困惑し、社会の進歩についていくのが困難になるとともに、団塊世代以降の若い世代には、成果主義・実力主義は普通であると理解されるようになっています。
使用者はもとより労働者も、企業で採用され、労働することは企業に利益をもたらす成果を出すことが当然のことであるという傾向になり、労働者は成果を出すため時間外で働くこともやむを得ないと思うようになりました。このことは労働者に身体的にも肉体的にも過重な負担をかけるようになり、精神的に異常な反応が出てきたり、身体的疲労と障害を起こすようになってきました。

こうした現状から、産業保健の分野で「メンタルヘルス対策」や「過重労働対策」を重要な課題として取り上げるようになった事は多くの人が認めるところです。
これらの一環として、長時間労働による過労死が話題となり、産業保健の新しい課題となっています。働き過ぎるということが、以前から課題として提案され、このことが健康障害を起こす重要な要因であると学会等でも報告はされていました。長時間労働を続ける事による身体異常として、まず本人自身が、疲労感があると自覚した上で、自覚症状調査を健康診断に取り入れてモデル的に行われましたが、過重に対する反応は個人差が多く、疲れたという状態を医学的検査で予見或いは異常であるとチェックすることは困難と見なされたまま今日に至っています。

ストレスチェック制度による調査では、労働者が自覚的にチェックすることで自分のストレスの状態を知り、気づきを促し、事業者は仕事を軽減させる等の改善を図ることを目ざしています。労働することでメンタルにストレスがかかり、それによって精神的に異常な反応が起こることを、常に予期しながら、毎年チェックすることにより、労働者自身がメンタルヘルスの不調になる前に早く気づき、会社側も不調を未然防止することを目的として行われています。
しかし、これらの対応の前に重要なことは、冒頭にも触れたように、国民の働き方改革、価値判断の改革がなければ対応することが出来ないと思います。産業保健も従来の労働災害や労働環境によって起こる健康障害の予防から、次の段階に対処し進歩する必要を感じるようになりました。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

 

今年の全国労働衛生週間のスローガンは「働き方改革で見直そう みんなが輝く 健康職場」であります。主旨は、働き方の改革を実践することにより、それぞれの職場における健康管理や職場環境を見直し、改善を図り、全ての労働者が輝いて働ける職場構築を目ざすことが期待されていると思います。
重点事項には⑴治療と仕事の両立支援、⑵化学物質による健康障害防止、⑶メンタヘルス対策、⑷過重労働による健康障害防止などがあげられています。
⑴の治療と仕事の両立支援については、持病を持ち治療を継続しながら就労している労働者に、医療の現場では、勤務時間後に治療時間を設定する、診察頻度を可能な限り少なく制限する、就労時に体への影響を少なくするよう薬の選択や投与量を調整する等、あらゆる事への配慮が必要となります。
これに併せて事業場側においても、労働時間の短縮や有給休暇等の取得体制が構築され実行されれば、両立支援はより容易となり病気の経過・改善は良好に繋がるものと思われます。
また⑷過重労働による健康障害防止も「過労死等防止対策推進法(平成26年)」の施行により、今日社会問題となっている長時間にわたる時間外・休日労働により発生する「過労死(脳・心臓疾患等に起因する病死)」や「過労による精神疾患(メンタル障害も含む)」が注目を集めています。少し前までの過重労働といえば、重い荷物を持ち上げて運搬する作業や激しい力作業、また体勢の悪い作業姿勢、温度・湿度などの厳しい作業環境下での労働等について着目し、体力づくりや腰痛防止など筋骨格系の強化改善を行ってきました。
そして現在とりあげられている「過重労働」は、従来の物理的な身体負担から、時間的長さが心身に及ぼす負担要素を主に注目してとりあげられ、国は労働時間が月45時間を超えて長くなるほど脳・心臓疾患の発症との関連性が強まるとの医学的所見を受け、「過重労働による健康障害防止のための総合対策」を策定しています。

「過重労働」については、産業構造、企業経営のあり方、労働者自身の生き方や働き方、自分の体調に合っているか等の医学的知見や社会経済的な事など広く多くの事項が関わっており、そのため内容によっては改善しやすい事柄もあります。
産業医の役割も従来とは少しずつ変化し、長時間労働者に対して面接指導・助言することが必要となり、そのために事業主から作業実態などの情報提供を受け、その情報をもとに適切な指導・助言を行うことが今まで以上に現実的に求められています。

ところで労働時間の「ファクター」のみを見たときに、それがどのように健康に影響を与えるのかという医学的知見はほとんど明らかにされていません。
日本の労働基準法では「一日8時間、週40時間労働」を取り入れています。このことの起源をさかのぼってみますと、18世紀ごろイギリスで産業革命の頃の事ですが、一日14時間以上を労働時間と設定し生産性の向上を目指していましたが、作業時間が長過ぎると反対に生産性は低下し、労働者の健康問題が発生したことにより見直され、週5日制等も取り入れて「一日8時間、週40時間労働」を採用するようになったことが始まりと言われています。

一日8時間労働が本当に身体の健康面を考慮して適切かどうかの根拠は明確ではありません。そのため適切な労働時間を、研究で明らかにすると共に、どれくらい超過すれば「長時間労働」というのかを解明する必要があります。
事業場での作業容態や労働環境は多様ですから困難とは思いますが、産業医はある程度科学的根拠をもって相談・指導・助言にあたる必要がありますので、この分野の専門的研究が開発され、促進される事を期待します。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

 

厚生労働省では毎年9月を『全国労働衛生週間 準備月間』とし、また、平成25年度よりこの期間を「職場の健康診断実施強化月間」と位置づけています。定期健康診断(以下「健診」という)については、とくに小規模事業場において実施率が低調であることが調査等の結果に示されています。また、健診結果について産業医等からの意見聴取および、その意見を勘案した就業上の措置(以下「事後措置」という)の実施率が低いことを踏まえて、健診の実施を改めて徹底するため、この月間に集中的・重点的に指導が行われています。

さて、健診の意義については改めて触れる必要はないと思いますが、適切に理解されていない面もあります。
健診は労働者の健康状態や職場環境・作業状況を把握する事を目的として、労働者の健康管理を進める上で必要な健康情報を得るために重要な柱として行われています。
職場においては一般健康診断(定期健康診断)と有害作業に従事している者を対象とした「特殊健診」があり、その他に「じん肺健診」や歯科医師による「歯科検診」があります。また地域医療では、結核やがんのように特定の疾病異常を発見するための「検診」があります。

いわゆる健診は受診者個人の固有の検査値と、個々の医学的検査の結果やデータを突合して全体的に健康状態を把握するものです。これにより、職場や作業場あるいは特殊な作業が及ぼす健康影響を観察することにより集団的評価を行い、事後措置として職場環境や作業環境の改善に繋げることを目指しています。
これに合わせて一般的な疾病の早期発見・早期治療を目的としている場合もあります。その場合は、一般的健診で限られた検査項目の結果などの範囲で判断し、疾病の疑いを予知したり治療中や治療後の状況を把握し、生活改善の目安にも活用されています。

健診は狭い意味での疾病の発見のみを目的に置いてはいないのですが、一次健診で要精密検査と判定され、医療機関を受診したが異常がなかったので、無駄な時間と経費がかかったと苦情を言われることがあります。しかし職場環境や作業環境の改善に資する場合もある事を理解して頂きたいと思います。

事業場の健診は労働者の健康状態を把握し、優れた労働環境を構築するために大変重要な事ですので、必ず受診していただくことと医師や保健師などの指導や助言を得る良い機会ですので、労働者の健康管理のため、100%完全に実施されるよう期待いたします。


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

 

企業の「健康経営」という概念は今までも折に触れて語られてきました。
1980
年代にアメリカで「健康な従業員こそが収益性の高い会社をつくることができる」と言われていたとされています。すなわち労働者の健康が維持されなくては企業が成り立たないし、健全経営が困難であるとされていました。しかし、日本とアメリカでは雇用体制がもちろん異なります。
日本では、会社と労働者の関係は労働安全衛生法が成立して以来、日本独特の就労措置が実践されています。
労働者の健康確認と確保については、労働安全衛生法成立以前の労働者の採用にあたっては、労働者が採用前に健康診断結果を会社に提出し、会社は労働者の健康を確認して採用するシステムが多くは行われていましたが、労働安全衛生法成立後には会社は採用後に雇い入れ時の健康診断を行い、その結果により労働者の健康状況に合わせて適正配置をするなど就業上の配慮が必要となりました。また、労働者の健康管理は法的に企業の義務となり、かつ労働者に健康障害が起こった場合には、企業にその責任を追及することも可能になりました。
その上、病気の治療などを受けることを容易にするため、労働者が負担する医療費の一部を企業が補填することや、予防対策をとることが企業利益につながることと理解されるようになりました。それぞれの企業の経営状況に応じて相応に出資をして健康保健組合を組織し、労働者・企業、そして必要な場合には国も一体となって保険費用を負担し、医療の受診を支援することや健康の維持体制をつくり健康経営を実質的に実践しています。

また、今日では労働者数の減少、高齢労働者の就労、女性労働者の増加などにより、多様な就労者構造のなかで、必ずしもいわゆる健康な者のみが就労しているとは言えず、メンタルヘルス不調がある労働者、生活習慣病などによる病気治療中の労働者や、健診結果において何らかの所見がある者も多く働いているのが現状です。

事業者は常に労働者の健康を把握するため定期的(ほぼ1年毎)に健康診断を行い、医師により検査項目ごとに所見の有無について判定した結果報告を受け健康管理を実施します。
事業者は、管理区分(診断区分) の「医療上の措置不要(異常なし)、要観察、要医療」に関する判定を健康診断を実施した医師に求めます。また産業医に当該労働者の就労継続の可能性、就労制限や休業命令などの意見を求め、それにより作業環境管理、作業管理などの事後措置をとるとともに労働者の健康管理を行うことにより健康経営を実践します。

更に労働安全衛生法に基づく定期健康診断のほか、地域保健に係る一般・特定健康診査やがん検診などを含めると、検査結果に基づく産業医等の判定も判断基準が一層複雑となり、統一的に判定することが困難な状況が発生しています。
今までの産業保健の考え方では健康経営への対応は困難になっており、新しい考え方を取り入れて就労支援事業(事業場における治療と職業生活の両立支援)を現場で実践されることが必要だと思います。

()「健康経営」はNPO法人健康経営研究会の登録商標です。