投稿日時:

鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

 

少子高齢化が進行するとともに、人口の年齢構成が変化する中、10歳ごとの年代別人口構成のピークは高齢の方向にシフトしています。
これに合わせ、労働人口もピークが高齢にシフトしているので、労働力を確保するために定年延長が検討され、或いは、産業分野によっては、実際に実施されています。このことは、高齢者が労働を継続できる健康と体力を維持し、定年後も労働可能な健康を維持しているという裏付けでもあります。

それを受け、若者も高齢者も、男性も女性も、障害のある者も、国民の一人ひとりが自分の希望する職場や業務に配置され、それぞれの能力を発揮して働くことが出来る労働現場を確保することが国策としてとられつつあります。
そのためには、適正な労働条件や安全で衛生的な仕事を数多く確保し、現在の労働のあり方を改革に向け、雇用改善が必要となっています。

このような観点から、同一労働同一賃金の実現に向けて取組み、非正規雇用の拡大を止めるとともに、非正規労働者の待遇改善、長時間労働の是正、また、女性・若者、高齢者、障害者、病気治療中の者など、多様な人材の活躍を促進することが施策にとられる様になりました。
これらの施策のなかで、特に女性の労働力の確保は必須であり、「女性活躍推進法」が実際に施策となるような動きが提案されています。また、「一億総活躍社会」を支えるため、平成29年1月に施行された、「改正育児・介護休業法」及び、「改正男女雇用機会均等法」により、妊娠・出産・育児休業・介護休業等の制度を周知して、上司・同僚等による就業環境を害する行為(ハラスメント)を防止するため、雇用管理上必要な措置を事業主に義務づけられました。今後これらの改正を周知し、理解を深め実施されることを目標に産業保健総合支援センターの研修内容にも多数計画されるようになります。

これを進めるためには、多数の解決するべく労働体制や職場環境の改善が必要ですが、まず男性女性も、事業主も労働者も今までの価値観と考え方を改める事が必要です。
一例として、医学医療の分野においても、女性の医学生の人数がクラスの半分を占めるようになり、将来、女医が増加することが予測されます。男性医師を中心に医療体制や患者ケア体制がとられていたので、24時間患者のケアをすることを、当たり前としてきた主治医体制を考え直す必要があります。
女医も結婚し、育児に携わるのは当たり前である今、主治医の概念で患者ケアに携わる事は困難となる事が予想されます。看護体制のように、医師も3交替制で患者の治療にあたれるような、思い切った考え方を取り入れなければ、医師の労働力の確保と医療機関の経営が困難になります。

しかし、患者側においても自分の気に入った医師に治療を続けて貰いたいと思っているし、医師が時間がきたら交替して治療にあたる事を受け入れられるであろうか疑問です。
特に、医療を経営する側、医療行政を立案・実施する行政側の考え方を早急に改革しなければ、医療現場はスムーズに医療の目指すあり方を維持出来なくなるのです。これは、医療現場の問題でなく、それぞれの業態で、それぞれ固有の課題があると思われますので、種々多様な機能・能力のある労働者を職場に確保していくためには、規則や法律を新設、改善するのも必要でありますが、それ以上に従来正しいと思われていた考えや体制を見直し、あらゆる人を受け入れることが必要であると強く考えるようになりました。


投稿日時:

鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

 

新年明けましておめでとうございます。
年頭にあたり、今年の社会情勢をみながら産業保健の進む道を予想してみたいと思います。
「産業保健」は職域で働く人を対象とした健康問題の対策をする事と健康管理の知識を普及し、必要で適切な技法を実践し、「労働者の健康に貢献すること」にあります。そして、この分野に関連する対象人口は国民の8割にもなり、公衆衛生活動の最も大きな対象集団であります。労働者の健康管理は近年の就業構造の多様化により急速に変遷しています。明治時代の感染症対策、特に結核対策に始まり、職業現場でおこる特異的な有害ばく露要因による健康影響の調査、臨床診断、治療、そして予防対策を講じてきました。そして、これらに関する研究開発により職業性疾病等を減少させてきました。
最近では、人口の少子高齢化にともない、労働者も中高年齢者が増加し、循環器疾患やがんに罹患する或いは罹患しながら就労を可能にする職場の体制づくりが課題となっています。

そして、労働形態の多様化によって顕著となってきたストレス対策としての「メンタルヘルス予防事業」、更に日本の文化としては、「よく働く事を美徳」としてきましたが、働き過ぎる事が良くない(パラダイムシフト〔従来の常識を全く新しいものに替えること〕)と考えるようになった事と、いわゆる事務的で規定通りに行う作業はコンピューターに任せたり、価値を生みにくい作業はAI(人工知能)に代替しようという新しい「産業革命」が進行しています。

これに合わせ過労死裁判以降は、事業主も、労働者が疲労や心理的負荷が過度に蓄積して心身の健康を害することが無いように注意しなければならない事を認識するようになりました。

この働き過ぎを当たり前とする考え方は政治主導で起こったグローバル資本主義に負けまいとする政策と新自由主義思想の普及によるものでありますが、この働き過ぎ等による健康障害の発生は、本質的な資本主義の欠陥と問題点が表面化してきたためでもあります。
経済分野においては、自由競争の中で上手に稼ぐことが資本主義の正義であると考えるため、自由競争で敗れたら職を失うことになり、その事は自己責任であるとし、かつ格差拡大の政策を正当化するようになりました。
企業もこの自由競争の中におかれ、事業主も負けまいと努力することとなり、その結果、企業経営のための「積極的経費節減」と「非正規労働者」の雇用拡大、そして労働時間を守られない等の「労働強化」を推し進めざるを得なくなっているのです。
こうした事が「ブラック企業」を出現させる一因となっています。
日本社会での資本主義、自由競争は、心豊かに暮らせる社会を作ろうという国民的合意のもとに発展し、格差の少ない中流的資本主義が実践され運営されてきました。

しかし、年末から年始にかけて米国大統領候補のトランプ氏による政策的発言に世界が影響を受け、いわゆる政界・財界にトランプ現象が起こっています。新しい米国中心の世界経済情勢により、日本国内の価値判断基準が変化し、労働環境に影響を与えることが予想されます。

こうした動きの中で、日本的価値判断基準をもとに考えられ、労働者の福祉の向上に貢献する事を目指してきた日本の「産業保健」をどのように構築していくのか、今日では先行き不透明な面もありますが、適切に対応していくことが必要であり、まさに正念場となる年と考えています。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

 

今日まで労働の過重負荷がもたらす生態影響は、重たい荷物を持ち上げ人力で運搬したり、過酷で劣悪な労働条件下の職場で働く労働者について発生する「健康障害」と考えてきました。
これらの作業は重機の導入、ロボット化、作業環境の改善や予防・対策などによって今日では目覚ましく改善されてきました。それに代わり、コンピュータ化による労働密度の高まり、残業・休日出勤の時間外労働の常態化による長時間労働など過重で過密な労働負担が加わりテクノストレス等も重なって健康破壊が発生するようになりました。
肉体疲労と精神疲労が蓄積し、これらが重なって過労状態が続き、かつ慢性化し、これによって病的疲労(機能的変化の状態から異質的障害をおこし不可逆的な変化が進んだ状態)が起こり、その中でも死に至る最も重篤な場合が「過労死」です。

これは、長時間労働、深夜勤労働、精神的負担の大きい労働環境(配置転換、出向、単身赴任等)、いわゆる過重労働などに起因する作業に従事し、疲労が蓄積し、過労状態が続く事により、生活習慣病のうち、循環器系の疾患(脳出血、クモ膜下出血、脳血栓、虚血性心疾患、急性心不全など)などが起こり、死亡した場合、業務上に起因したものとして労災認定とするのが適当であると考えるようになりました。

一方、過労死に関連する疾病は、労働に関連して発生するのみでなく、個人の素因や不摂生な日常生活(食生活、運動不足、家庭内ストレス、飲酒、喫煙など)によっても発病するため、職業関連疾病として判断する事が困難な事が多く、今までは労災認定がされにくかったのです。今日では、自殺も長時間労働に起因したものとして考えられる場合が発生しています。

そこで、判定をより容易にするため、定期的に職場での健康診断を受診し、日頃の健康状態を把握しておくことによって、日常の就労環境と関連するかどうかを判定し易くなるようにしておく必要があります。もし血圧などの異常所見が見つかれば、産業保健スタッフなどに相談し、保健指導を受けて改善に努めます。かつ定期的に「メンタルヘルスチェック」などで職場のストレス状態を把握しておき、その上で不幸にも健康障害や死に至った場合に、職業に起因する「過労死」であると判断することが比較的容易になります。

医学的に判定するための過重負荷の決まった定義が特にあるわけではなく、異常な出来事に遭遇したり、予め決められている就業規則を大きく逸脱しての勤務状態であったり、特に過重な業務(企業や職種によっても異なる)に一定の期間従事した就業場所で発症した場合に、検討・審議されるので日常の仕事内容、勤務時間、健康状態を把握しておくことが必要です。

「過労死」の概念を取り入れたのは、労災補償認定の容易化を目的とするもののみではなく、循環器疾患も職業病の範ちゅうであり、長時間労働やストレスの多い作業環境での労働を異常なまでに強いる事のないように適切な改善を図り、健全な労働環境のもとで労働者が活動しやすくなり、更に企業の発展につながることを目指したものである事を改めて認識することにあります。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

 

働く人の健康に着目し、企業経営に活かすことを目指して、健康経営という概念が提唱されています。

人口が少子高齢化となり、労働者人口が減少している為、高齢労働者(65歳に達した後で雇用された者など)を採用、活用して健康な労働者人口を確保し、企業の生産性向上を目指すと同時に病気のリスクを減らし、会社の医療費負担の軽減や労働機会の損失を回避することを考えるようになりました。
これまでの健康管理は、労働安全衛生法の枠のなかで、従業員の健康管理について法令の定める範囲で実施してきましたが、その枠を超えて、労働者の健康を社会の経営に活かそうとするものです。

現行の特定健診・特定保健指導は、おおむね40歳~74歳の労働者を対象に事業場で実施されています。基本的考え方としては、自覚症状のない疾病および、自覚症状のない段階での早期に危険因子や病態を発見し、労働者の生活の質の維持・向上や健康幸福寿命を伸ばすことを目指しています。

特定健診の健診項目は老人保健事業で行う「基本健康診査項目」に「特定健康診査」として特定の項目を追加したり、項目によっては廃止されたものもあります。
追加された内容の特徴的なものは、腹囲測定です。これは、内臓脂肪型肥満があると、高血圧、高血糖、脂質異常などの病態が発症し、これらが重複すると虚血性心疾患、脳血管疾患等の発症リスクが高くなり、内臓脂肪を減少させることによって、これらのリスクを減少させることが可能であると考えて追加されたのです。すなわち、内臓脂肪症候群(メタボリックシンドローム)の考えを導入することにより、特に生活習慣病のうち、内臓脂肪の蓄積や体重増加が血糖値、中性脂肪の増加をもたらし、やがては動脈硬化を引き起こし、脳梗塞、脳卒中、腎不全、糖尿病を発症するので、その前に適切な保健指導で予備軍を減少し、生活習慣病等の発症を未然に予防しようとするものです。

そこで特定健診の特徴的なものとして、腹囲測定(男性85cm以上、女性90cm以上、それぞれの値が以下であっても肥満度(BMI)が25以上)を重要なリスク判定基準にしたことです。さらに血糖、脂質、血圧、そして喫煙歴ありのリスクを判定基準として加えて、「積極的支援レベル」と「動機づけ支援レベル」にグループ分けし、「保健指導対象者」として特定保健指導を行っています。特に腹囲が大きいだけに着目したのでは腹囲の小さい非肥満者であっても危険因子の保有者があることもあり、今後検討され見直されると思いますが、腹囲測定は誰でも巻尺(メジャー)さえあれば、簡便に自分の身体状況を把握・確認し、改善出来る良さがあります。
これらの対策は、食生活の改善、運動の導入、労働時間の短縮が行われれば、「動機づけ支援」を受けたり、勤務内容を改善することにより、比較的容易に実施することが出来ます。

高年齢労働者の就労支援が雇用保険適用拡大となり、様々な対策等により、より適切に行われて日本の産業が活力あるものになることを期待しています。

 

 

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之

 

最近、新卒採用の若い労働者が就職した後、間もない期間(=1ヶ月~1・2年)に退職してしまうことが散見されます。
彼らの特徴は、学生時代には自由がたくさんあった(自由すぎる教育の課題もある)が、就職してみると自分の自由裁量が少なく、決められたことを指示されて働くことが不得手であることや、慣れていない作業をすることはいやだと拒否反応として、容易に離職してしまいます。
しかし、イヤな仕事以外で興味のある会社のイベントや同僚との夜のつきあいには、それほどイヤがらずに参加・同行するので、こうした行動は採用した企業の上司や管理者にとって理解できない行動の為、メンタルヘルス上で「職場不適応」と扱われてしまう”いわゆる新型うつ病”と言われる事例です。

これは、脳の代謝異常(セロトニン、ノルアドレナリン、ドーパミン等の乱れ)によって、感情・意欲などの生活機能が全般的に低下したり、食欲不振・体重減少、過食、 めまい、性欲減退などの身体症状が目立つ従来型のうつ病とは異なります。新型うつ病とは心で病む(悩む)という普通の気分が低下した状態なので、悩み事意以外は通常通りに行動し、生活機能は特定の領域(現在の自分のやりたくない仕事など)のみ機能が低下するだけであり、精神障害とは明確には言われません。
自分のペースで行動することが大事であり、邪魔されたくなく、自己愛が強く、傷つきやすく、労働量が人はどうであれ自分にとって過重であれば、心の負担を感じ疲労感を覚えるのです。また、仕事がうまくいかないと人のせいに責任転嫁したり、更に飲酒やギャンブル等は可能でも、就職前に考えていた仕事内容とのギャップがあると嫌がったり、拒否反応が態度に表れるので、こうした行動は上司や同僚にしてみれば、怠けているように見える為、今どきの若いヤツは頑張らないと愚痴ってみたり、精神的におかしいのではないかと精神科への受診をさせた方が良いと考えるようになります。しかし”いわゆる精神病”ではないのです。

それでは、このような新型うつ病にどのように対応したらよいかが課題となります。

職場の上司は、採用後の初期段階ではそうでもありませんが、しばらくすると普段と違う行動(遅刻、早退、欠勤が増えたり、休みの連絡がない、ミスが目立つなど)に、まず気づくことが必要です。そして声をかけてあげたり、話を聴いてやることから、ゆっくり対応を行い、どうしてもうまくいかない場合や、必要な時には産業医等に繋ぐ対応をします。

新型うつに陥っている労働者は聴いてもらうことにより気持ちがすっきりしたり、自分のことが分ってもらえたという安心感を持てるようにします。精神療法の一部としては対象の労働者に自己をみつめてもらい、等身大の自分の受容を促し、長所を聴いて引き出し伸ばすように話し、短所を適切な方向に成長させるように説得し、意識づけには少し時間がかかりますが、相談にのってあげることです。その上で、自分(上司や同僚、あるいは家庭)には、手におえないと考えたら、産業医に相談することをお奨めします。

主治医は病院に勤務したり、開業しているので、診断書は書きますが公文書なので、患者(様)の不利益になるような内容は、患者の生活面にかかわる事や人権にかかわることもある為、記載いたしません。
一方、産業医は企業に採用されたり業務契約をしていますので、本人と直接面接し、相談にのったりすることが業務であり、必要があれば主治医と相談する等、適切に判断し対応してもらえると思います。

メンタルヘルス対策や、ストレスチェック制度の目指すところは、労働者が悩み、精神的に落ち込み、それが仕事に影響を及ぼした時、周りの人が適切に支援することが基本です。それでも解決できない時には、医療従事者と連携をとりながら対応する流れになると思います。