鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
「生活習慣病予防や肥満予防に運動をしましょう」と保健指導のなかで指導内容としてよく言います。
はたして「運動すること」が健康の保持増進や病気の改善などにどのくらい効果があるか、どのくらい科学的(学問的?)に明らかになっているのか少し考えてみましょう。
まず、運動の定義についても統一された概念があるわけではありません。もちろん生きている人間は、全て動くわけですので、単に身体を動かすこととして言っているわけではありません。
私が保健指導時に使う「運動」ということばは、以下のような大雑把な考え方で使っています。すなわち日常生活動作に加えて、更にエネルギーを追加する動作のことで、ウォーキング(散歩)やランニングを基本として、自転車こぎやダンベル体操のようなレジスタンス運動、又は体操やヨガ、球技、武道などのスポーツを30分以上継続して行い一定のエネルギーを消費する動作を表しており、かなりアバウトな概念で使っています。
運動効果の研究については、身体の機能維持、体重減少、筋肉増強、バランス機能維持などの内容についての報告は多数あります。しかし、生活習慣病の予防や改善の効果についての研究報告は、糖尿病や高血圧の改善についての報告がありますが少ないと思います。
肥満は生活習慣病の一因と言われていますので、運動のもたらす肥満防止について述べてみます。
最近では、科学的根拠に基づいた医療(evidence based medicine)ということが言われており、クスリや措置に効果があることを科学的データと、その解析によって証明することが必要となっています。そのため、運動することに肥満防止や体重減少の効果があることを、運動をする人、しない人等の比較研究で明らかにする必要があります。
例えば、肥満者を対象に運動の負荷による減量効果(体重減少や体脂肪減少など)を証明するためには、調査を始める当初に多数の肥満者に参加してもらい、肥満者を運動群(A群)と非運動群 (B群)に分けて観察していきます。一定期間後(少なくとも1年後)に体重等を測定し、A群とB群でどちらに体重減少した人が多いかを比較し、A群に体重減少者の割合が高いことを示すことによって、運動が減量効果をもたらすものであると評価するものです。
これらの研究成果を評価・理解するにあたり、解析モデルを作成して多変量解析という評価手法を使って解析しますが、人間を対象とする限り、厳密に運動以外の生活スタイルをコントロールすることが非常に難しく、また調査期間中に自ら進んで食事をコントロールする者があったり、普段運動しないのに運動(散歩など)をすることもあったりと、結果を左右する多くの要因を含んでいるため、評価が容易には出来ない場合があります。
また、運動の肥満予防効果を調査研究するためには、調査開始時に、肥満者はもとより非肥満者にも多数参加してもらうように計画し、この参加者をA群とB群に分けて長期間(1年以上)追跡し、調査終了時点にA群の方が肥満者(体重増加した者)の割合が少ないことで運動の効果ありとするのですが、長期間に亘り対象集団を追跡することは容易なことではありません。
そこで、普通の研究方法としては、ある会社の社員や自治体の住民を調査対象として、その中である一定の運動の範囲(基準)を決め、運動しているA群と運動していない(調査者の決めた運動の概念に相当しない)B群に分けます。そして、それぞれの群の人に、過去(今まで)に、どのような運動をしてきたかを面接調査し、体重を比較することが実施されます。生活パターンの異なる者を対象にするので、運動の多い人、中程度の人、少ない人などにさらに分けて解析するのは、評価をより一層複雑かつ不正確にすることになり、すっきりと科学的に納得のいく解析は難しいのです。
しかし、短期間(1年以内、数カ月内)の運動負荷によっても減量が見込まれるという報告が多くあることも間違いではありません。たとえ事例報告であっても現実に効果があることを科学的に明らかにしている報告も多くありますので、激しいスポーツや肉体労働をすることではなく、適度な運動をすることが健康の保持増進あるいは生活習慣病予防に効果があることは間違いありません。くどいようですが、運動することを生活習慣に取り入れられること勧めます。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
健康な職業生活を永く送るためにいろいろな対策がとられています。
労働者が健康で働き続けるための健康管理の一つとして健康診断があります。これは主に医学的検査で、標準値(以前は基準値とか正常値と言っていた)を根拠に、この値の前後であれば通常の勤務をしても問題ないと判断します。この値から高い方や低い方に離れた結果が表れた場合に、程度によって保健指導をしたり、要精査、要医療と判定して医療機関の受診を勧めたりします。多くの場合は、標準値からかけ離れた値を示す労働者は少ないので、適切な保健指導を受け、職業生活を含めた生活管理をすることによって疾病状態になることを予防し、健康で就労を続けることが可能です。
今日では事業場で実施する健康診断項目に生活習慣病(がん、脳卒中、心臓病、糖尿病など)関連の項目が義務的あるいは任意に取り入れられているので、作業に起因する異常よりも老化や生活することによってもたらされる身体異常について判定し、指導することが多くなりました。
このことは、業務に起因する身体の異常よりも、加齢やいわゆる悪い生活習慣(喫煙、多量の飲酒、運動不足、ストレスの蓄積など)に起因すると思われる異常値に対する改善を考えた保健指導が重要になっているということです。
このため、現在では、労働時間の改善や作業環境の改善ということよりも、人として生きることによって必然的に起こる不健康状態を未然に予防し、さらに健康増進を目指す対策が必要ということになります。
つまり、職業生活に加え、日常の衣食住に関する生活指導も重要になっているということです。
その健康保持増進対策の一つとして運動することを勧めています。
運動は肥満防止のみならず、ストレス解消などの精神的活動にも効果があるという研究報告が沢山あるからです。スポーツや重労働は大量のエネルギーを消費するので身体活動量は多いのですが、スポーツはしばしば競技的要素があるため、より早く、より強くエネルギーを消費することと、競技スタイルが身体の一部分を偏って鍛えるため、筋肉の断裂や関節変形をおこしがちです。
また重労働は長時間同じ作業姿勢で同一の筋肉を使い続けるため腰や背中に疲労が蓄積し、その結果異常が起こります。
疲労回復には全身を均等に動かすラジオ体操や、ウォーキングやランニングによって適度に身体の筋肉をほぐす運動も良いでしょう。これらのことが無理なく、適切な身体活動量を維持することにより、また食事などのエネルギー摂取とのバランスをとることによって肥満防止と健全な体力を確保することが可能となるのです。
改めて運動の意味を考えていただき、肉体労働などで比較的エネルギーを消費している労働者であっても日常生活の中に運動を取り入れることを勧めます。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
本年度 新入社員の皆様も2カ月が経過し5月病を克服して少しづつ会社や社会の生活に慣れて来られたと思います。多くの新採用の労働者は、いわゆる健全な身体と精神状態で仕事に従事していると思います。
事業者は労働安全衛生法第66条などに基づき、使用している労働者について医師による健康診断を実施することになっています。そして、労働者は事業主が行う健康診断を受けなければなりませんし、必要な場合には医師などによる保健指導を受けることになっています。
健康診断には、一般健康診断と有機溶剤や特定化学物質を取り扱う作業者などが受診する特殊健康診断など各種の義務付けられている健康診断があります。
これらの中に、新規採用労働者が受ける「雇入れ時健康診断(労働安全衛生規則第43条)」があります。6月の時期では、もう健診が実施されているところがあると思います。
この雇入れ時の健康診断の主な意味の一つは、これから従事する作業によっては健康に影響を及ぼすもの、あるいは人によっては従事することが不適切な作業があったり、継続して従事することが困難なものがあるかもしれませんので、従事開始前に健康状態を確認しておく必要があるからです。そして、今後異常が発生した場合には、今の作業に従する前と従事後の現在の状態を比較し、従事している作業の健康影響や必要があれば配置転換や作業改善に活用することを目指しています。
雇入れ時の健康診断項目には以下のものがあります。
1.既往歴及び業務歴 (現在従事している作業と異なる前職の作業内容など)の調査
2.自覚症状及び他覚症状 (心肺雑音、腱反射、腹部触診等)の有無の調査
3.身長、体重、腹囲 (メタボリックシンドロームの有無)、視力、聴力(低音、高音)の調査
4.胸部エツクス線検査 (結核、肺がんなど)
5.血圧の測定 (高血圧、低血圧)
6.貧血検査 (赤血球数及び血色素量)
7.肝機能検査 (GOT.GPT.γGTP)
8.血清脂質検査 (LDLコレステロール、HDLコレステロール、血清トリグリセライド)
9.血糖検査
10.尿検査 (尿中の糖及び蛋白の有無の検査)
11.心電図検査
なお、今後、毎年行われる定期健康診断においては自覚症状や他覚症状および既往歴などを勘案して医師が総合的に判断し、省略基準にのっとって健診項目を省略できることになっています。
基本的にはこの法に基づく健康診断は、事業に起因する健康問題の参考にしたり、産業保健を実施する上で重要な手段で資料となるものです。
今日では、労働者は生活習慣病にも気を付けなければなりませんので、この検査項目による健診は自分自身の健康生活にも大変大切なものであることを認識し、必ず受診して、その結果について適切に対応されることを進めます。
鳥取産業保健総合支援センター 所長 能勢 隆之
日本式の働き方改革については、古来の日本人の働くことに対する意識を改革することが必要であると前回述べました。
特に今、話題となっている改革の目玉が過重労働対策です。過重労働をキツイ作業あるいは重い荷物を手で扱う肉体的に強い負荷がかかる作業というよりも、長時間の時間外労働あるいは休日出勤などの労働時間の蓄積や、休息時間が十分得られないまま労働することとしています。
すなわち長時間労働(1か月の時間外・休日労働時間が80時間を超える労働など)に着目して、この影響によってメンタルヘルス不調、身体的健康障害の発生、あるいは持病の悪化などが起こることを課題としています。
しかし、心身の不調をきたすのは、働いている時間の長さに着目することも必要ですが、それ以上にいわゆる労働時間以外の個々の生活時間とその過ごし方に注意を払うことも必要です。労働時間以外の過ごし方はそれぞれの人によって異なるので、検討するのが困難なことも多いのですが、労働時間外にも健康生活を送れるよう奨励する努力を企業においても取り入れていくことが必要です。
労働時間以外は会社を離れて、いわゆる休息時間はあるはずですが、社会的生活を過ごす上で、地域で行われる行事に参加する社会活動やPTAとしての学校行事、庭や畑の仕事のほか家事労働等を行うことによる肉体的疲労に加え、更に家族問題などの精神的負担も伴う場合もあり、休息時間の確保が難しいのが現実です。いわゆる日常生活の健康管理も視野に入れた広い意味での産業保健を実践する必要があります。
「働き方改革」のなかで、長時間労働となっている長距離ドライバーの休息時間が話題になっていますが、一般労働者においても、休息時間、睡眠時間のほか「勤務間インターバル」についても注意をしなければなりません。
企業の健康経営の実現には企業の様々な対策も重要ですが、労働者一人ひとりがまず健康生活を実践することが大切であるし、それなくしては労働者の健康維持は出来ません。改めて、これまで言われている日常の健康管理の実践の重要性に気づかされた「働き方改革」の政策です。
病気の治療をしながら働く人の労働を可能にする両立支援も広い意味で健康管理として行うことになりますので、新しい視点で産業保健を実践する必要があります。
鳥取産業保健総合支援センター所長 能勢 隆之
「働き方改革」が提案され、日本人の仕事(働く事)に関する考え方を変えることが必要ではないかと思うようになりました。労働者の長時間労働それに関連した健康障害の発生や過労死については、今まで日本人は、よく働く働き者であることと好意的に、ややもすると良い事、あるいは賞賛されることとして受け入れられていたような気がします。
しかし、働き方改革の方向は、この事を必ずしも良いことと考えないで改善しなければならないとしています。そもそも日本人の労働観あるいは「仕事をする」ということについてどのように理解されているのかが、気になります。日本での仕事の語源は「仕える事」でした。これは古くは神様に仕える事あるいは神事としての尊い行いを意味する言葉でした。一方「労働」という言葉には「苦役」という内容が含まれています。キリスト教文化の国などにおいては、日本と違って「働く事」は嫌なことで早く済ませてしまいたい、あるいは出来るだけやりたくない事と理解されているようです。もしかしたら日本で行っている長時間労働や過労死の問題は、日本人独特の価値観から起こっているのかもしれません。
8時間労働の根拠は前にも述べましたが、産業革命以降につくりあげられた基準で、人間の能力や体力等に合わせた科学的根拠があるわけではありません。
「労働する」ということは、今日の資本主義社会経済の中では賃金という対価を得て行うことですので、弱者である労働者を守るために労働基準法を制定し、健康で安全な労働を保障するようにしたわけです。
学歴社会のなかで子供の頃から長時間勉強することを良いこと強制(?)されて、長時間勉強は良いこと必要なことと慣らされ大学に入学するにも四当五落(すなわち五時間以上寝ると不合格で四時間以内の睡眠でない合格しない)などと言われ、競争社会で生き抜くためには、長時間勉強したり、働くことが必要なことと、自然に受け入れられるようになっているのに気づいていないのではないかと思います。また、有給休暇の取得率が低いことも、仕事より自分の都合を優先させたり、多くの休暇をとる事で、同僚に迷惑がかかることと考える傾向が根底にあるのではないかと思っています。
「働き方改革」の実践あるいは論議には、日本人の古来の価値観を見直す必要があると思っています。