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鳥取産業保健総合支援センター 所長 黒沢 洋一

 

本年7月1日より能勢隆之前所長の後任として所長に就任いたしました黒沢洋一です。私は、1977年に鳥大医学部に入学するため、四国・香川県より山陰の地に来ました。同医学部を卒業後、公衆衛生学教室(現在の健康政策医学分野)の助手に採用され、それ以後、公衆衛生、産業保健をテーマに医学教育・研究に従事してきました。同分野の教授を約16年間務め、今春定年退職いたしました。今後は、鳥取産業保健総合支援センターの発展に努める所存ですので、よろしくお願い致します。

産業保健の課題は時代の流れとともに変遷しています。労働災害防止や職業病(鉛中毒、有機溶剤中毒、振動障害、じん肺など)予防から、近年は生活習慣病やメンタルヘルスなど一般的な疾患を視野に入れた健康管理が中心となっています。ごく最近では、新型コロナウイルス対策が喫緊の課題となりました。2019年末中国において新たに発生した新型コロナウイルス感染症は、瞬く間に世界中で流行しました。その感染対策として、これまでの社会的習慣や生活様式の変更を迫られ、職場においても働き方の大きな変更が求められました。マスクの着用、3密の回避のためテレワーク・遠隔会議の推進、時差出勤、面会・会食・宴会の制限が行われ、換気の徹底、海外・県外への移動制限、職域ワクチン接種などの感染対策が行われました。新しい働き方であるテレワークでは、メンタルヘルスの観点から問題が指摘され、産業保健上の課題となっています。本感染症の流行は3年目を迎え、感染者数は依然として高止まりですが、重症化率や死亡率の低下がみられています。このため、制限が緩和された欧米の状況も考慮され、わが国でも徐々に制限が緩和される傾向にあります。産業保健分野も、これまでの感染対策の評価・見直しを行いつつ、従来の産業保健の課題である、職業病の予防、生活習慣病対策、メンタルヘルスに加え、働き方改革、治療と職業生活の両立支援等への対応が求められています。様々な課題がありますが、産業保健は「あらゆる職業における労働者の最高度の肉体的、精神的ならびに社会的健康を維持増進し、作業条件に基づく疾病を予防し健康に危険な作業に就業させないようにはかり、労働者を生理的にも心理的にも適合した職業環境に配置して就業せしめること。」(WHO、ILO)が基本理念であることに変わりはありません。

当センターは、産業保健の今日的課題とその基本理念を踏まえ、産業保健関係者の皆様への支援と、職場の健康管理への啓発に尽力いたしますので、ご理解、ご協力のほどよろしくお願い致します。

 

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

「新しい資本主義」ということが提言されていますが、その詳細は明らかになっていません。労働関係分野の内容には、「働き方改革」に含まれていなかった男女の賃金格差の解消などが含まれているようです。このことを実現するためには、1日8時間の労働時間などにこだわらない多様な雇用形態の確保と、公正な待遇の確保のため賃金算定方式の導入など、今までの労働基準法のルールなどを変更しないと対応困難であると考えます。

そして、日本の経済は、高度経済成長期によく言われた、「働かざる者食うべからず」という勤勉で人生をかけてモーレツに働くことを美徳とした日本文化に支えられて、右肩上がりの経済大国に発展を遂げました。しかし、長時間労働は当たり前と考え、労働者を酷使してきたことを改善しなかったため、次の世代には受け入れられず、労働生産性が低下し、先進国の中でも生産性が低い位置になっています。

そして、世界経済の動向は当然日本の経済活動及び労働環境に大きく影響を与えますので、産業保健の分野においても注視しておくことが必要です。例えば、世界で大流行(パンデミック)したコロナ感染症により、日本でも起こったコロナ禍の生活不安の改善策としてとられた政策の一つに、定額給付金(国民一人一人に10万円給付)の支給など、財源を国債の発行や税収入としているため、国の借金が増加し、ひいては国民の経済にも影響が現れることが考えられます。

また、財政再建にマクロ経済理論の考え方を取り入れ、自国通貨を発行している国はいくらでも貨幣を刷って(金本位制を変える)借金しても良いという政策が行われています。退職後の年金への影響がこれもまた心配です。

そして、テレワークなど、IT化(デジタル化)によって業務効率化(人と人とのコミュニケーションが希薄になる)が、多くの業種で活用されるようになりました。

特に社員同士の結びつきが強い中小企業等の日本型企業体質には、仕事の成果のみを評価し、結果の良いものが高い給料を得るという、いわゆる生産性を重視する欧米型合理性はなじみにくいと思います。

また、ロボットやコンピューターを活用した生産性向上に重点をおいた生産方法は、労働形態に影響が出てくるものと思います。
その上、今はロシアとウクライナの対立で始まったウクライナ戦争に、NATO諸国などが巻き込まれていますが、資本主義と社会・共産主義、自由主義と専制主義、それに内在する民族対立など社会政治体制の対立が第二次世界大戦のときのように再び世界の秩序を混乱に巻き込み始め、終息の予測が見込めない状況です。しかし今後どのような新しい秩序になろうとも、また、新しい感染症とも共存して世界が不況から脱出するには、人間社会は経済・産業の発展が無くては持続しません。そして、産業の復興には、労働力の再生、維持、向上が必須です。更にそのためには、どんな状況であろうとも労働環境を快適に維持することが必要です。

いうまでもなく産業保健事業は、働き方改革の基本的考えのように、人間である労働者が快適で楽しく働ける労働環境を構築することを目指しています。

私の所長のページは、今月で最後になりましたが、鳥取産業保健総合支援センターは産業保健発展のために事業を継続して推進してまいります。
皆さまにおかれましては、当センターを引き続き活発にご利用いただきますことを期待してお礼と致します。長年ありがとうございました。

 


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鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

新入社の皆様、お仕事に慣れましたでしょうか。

4月に入社の人は1カ月が経過し、今実施している作業が、自分が入社前に考えていた作業内容とほぼ一致している場合は良いのですが、“何か違うな”と感じている人がいませんか。また、自分で採用前に考えを持ち、仕事のイメージを持っていたのに、その仕事内容と異なると思っている人はいませんか。

このような状況にある場合は、これを放置したまま勤務を継続していると、「この仕事を続けてよいのか」とか「この仕事は出来ない」と考えるようになることがあります。このままだと気が付かないうちにメンタルヘルス不調に陥り、場合によっては退職に繋がることもあります。このような状態を「五月病(スチューデント・アパシー)」といいます。これは、精神・身体的にはどこにも異常を自覚しないのに、特有な無気力状態となり、情緒的なひきこもり、競争心の欠如、社会的活動ができない現象が現れます。

これらの状況は、日常優秀で、真面目で、内気であり、完璧主義を求める人に現れやすいと言われています。時々、新年度になり、昇進し上司となった人に五月病が発生すると、部下にきつくあたったりして、部下や周囲の人が困惑します。また、新入社員が五月病に陥ると、周囲の人とのコミュニケーションが取れなくなって、精神的におかしいのではないかと誤解されるようなことが起こります。

また、近年、日本の産業構造や経済社会が急速に変化したことや、国民一人ひとりの労働についての考え方や就業意識(終身雇用制ではなく、有期契約による就業条件を好む人が現れている。)などが変化し、昭和22年施行以来の「労働基準法」を基準とした労働条件では対応できなくなっています。

その上、「働き方改革」の普及により、ダイバーシティ(仕事に従事する場合に資格や経験などを考慮して受け入れ、幅広く活動できるようにする。)の推進による対応の不慣れや、有給休暇や育児休暇を積極的に取得するように勧めることにより勤務体制の改善がなされないまま、対応不十分による混乱などが起こっています。

また、ある調査によると労働者の多くが仕事や職業生活に関することで「強い不安、悩み、ストレスがある。」などを訴える結果が報告されています。

労働者のメンタルヘルス不調は、職場の生産性に大きく影響を与えるだけでなく、労働者の生活全般に支障をきたすことを考慮し、その対策の一環として、平成27年よりストレスチェック制度が導入されています。この内容は、労働者個人の現在のストレス状態や職場全体のストレス要因を推測するため「仕事のストレス要因」「心身のストレス要因」「周囲のサポート・満足度」を自己記入方式で調査します。ストレスに個人が気付くことを促し、まずセルフケア、そして産業医などの面接指導により、メンタルヘルス不調の改善に役立てるとともに、集団分析を活用して、職場環境改善を目指します。これらのメンタルヘルス対策の制度を積極的に活用して、五月病の予防のみならず、快適な職場環境づくりに努めましょう。


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鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

新採用の労働者の皆さん、就職おめでとうございます。

鳥取産業保健総合支援センターは、産業保健に関する事業を実施する機関として設置されています。主な事業は、あらゆる職業に従事する労働者の肉体的・精神的および社会的健康を維持・増進することや労働に起因する健康障害の予防や健康に不利な条件で就業している労働者の保護などです。そして、これらに関係する業務を実施する事業者および産業医など産業保健関係者が行う産業保健活動の支援なども行っています。2019年4月より労働関連法が改正され、順次「働き方改革」が施行されていますが、折しも新型コロナウイルス感染症の影響もあり、改革の内容を逆手にとった現象が発生し、労働環境などに悪影響を与えています。

例えば「時間外労働の上限規制の導入」については、企業は新型コロナウイルス感染症の拡大の中でやむなく業務体制を縮小するため正規労働者の削減を図ったり、新規の採用を控えるようになりました。ポストコロナで仕事量が回復しても有期労働者(派遣労働者)の採用と仕事の負担は増加するものの、残業が増えない体制をとる必要があり、このことは正規労働者の仕事の密度があがる要因となり、体調に影響が出ることが心配されます。これに関連して勤務間インターバルの改善も難しくなってきています。

また、コロナ感染予防のため会社に出勤しなくてもよいテレワークが導入され、仕事内容は一定の枠の範囲に縮小、その成果を会社へ送信するジョブ型に似た体制となったことから、労働時間管理が困難になっています。これにより「年次有給休暇の確実な取得」という改革もその必要性がなくなることが危惧されます。

また、コロナ不況のため余剰人員となった正規労働者が外部企業へ出向する状況となっています。ポストコロナになっても出向社員の元の職場への復帰がスムーズに行われることが困難となり、復帰後の問題が発生していることが心配されます。

このような現状においても、産業保健に関係する担当者は専門的知見を現場に活かして、企業活動が健全、円滑に継続できるように活動することが必要です。あくまでも医療的、人道的にかつ労働者の生活を支援することが産業保健には求められています。

労働安全衛生法など労働法については、経営側として実行上難しい内容も含まれています。これにより摩擦がおこることもありますが、労働者の安全と健康を確保するという主旨をまげることなく、事業体全体で産業保健の理解を深め、発展させることが労働者福祉につながります。当センターは労働者が健全に活動できるように支援を行っています。有効に活用して下さることを願っています。


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鳥取産業保健総合支援センター 所長  能勢 隆之

 

長時間労働(過重労働)の是正や非正規雇用労働者などの待遇改善を柱とした働き方改革関連法(主な関係法律の8本が改正された)が順次施行されています。鳥取県では中小企業が多いため企業内の体制装備が遅れている企業が多くあります。その上にコロナ感染拡大で経営に大きく影響された企業が多いので、ポストコロナでは改革どころではなくなることが予測されています。

この働き方改革では、労働基準法や労働安全衛生法などを基に、労働の近代化や多様化などに合わせた労働条件や職場環境の整備が求められています。過去の日本の労働者の採用は、一般的には学校の新卒者を一括採用することが普通で、これは就職ではなく就社であり、企業の一員となりゼネラリスト(一般職)として企業の業務を全般的に経験しながら昇給、昇進し、一定年齢まで働くと定年により退職していました(終身雇用制)。

今回の改正は、このように多様な労働環境で働く中での改革であり、その目的は「豊かで安心できる社会・健全で活力ある経営を実現するため、働く人々が健全に能力を発揮し、安心して働ける労働条件や労働環境の整備」を目指すものです。主な改正ポイントは、①今までの長時間労働を美徳とする体制の是正(残業時間の上限規制など)、②勤務間インターバル制度の普及(前日の勤務の終了後から翌日の出社までに一定時間以上のインターバルをとり、充分な睡眠と豊かな生活がおくれるようにする)、③雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保(パート・有期雇用者に関する同一企業内での正規雇用者と不合理な待遇の禁止)などであります。しかし、社会は長くつづいた経済政策の失敗やコロナ禍も加わり、適切な体制を維持することが困難であり、大企業では業務の縮小による自社労働者の他社への出向、労働時間の制限、リモートワーク後の自主退職の勧告などが進み、中小企業では非正規労働者を中心とした雇い止め、アルバイトの縮小など、労働者を取り巻く労働環境が悪化しています。また、これを機に主に若い世代の労働者が就職前に考えていた会社イメージ、職務内容とのギャップやパワハラによるメンタル不調で転職の希望者が急増しています。

働き方改革を実践するためには従来の採用方法や人事管理(親方日の丸的我慢を強いる人事異動)などをまず改革する必要があります。これからは欧米型のジョブ型採用など日本的でない採用や期限付き人事異動も視野に入れた会社経営のあり方を労使協調して検討する時期に来ていると思います。